4月に発売されたアナモフィックレンズ「Nanomorph」シリーズに続き、中国のレンズメーカーLAOWAから「Proteus」シリーズがリリースされた。前回に引き続き、カメラマンやDITを抱えるTFC Plusに所属し、シネマトグラファーとして映画やTV CM、WEBムービーの撮影をしている湯越慶太さんにレポートを依頼したところ、実際のミュージックビデオ撮影の現場でレンズを使用することができたという。貴重な現場レポートをお届けする。

レポート●湯越慶太

LAOWAから「Nanomorph」シリーズに続き「Proteus」シリーズが登場

先日、LAOWAの世界最小を謳う1.5倍アナモフィックレンズ「Nanomorph」のレビューをしました。普段自分の仕事でアナモフィックレンズを使う機会はなかなかないのですが、同じくLAOWAの2倍アナモフィックレンズ「Proteus 2X Anamorphic 85mm T2 Blueをお借りしてテストすることができました。 

レンズの基本スペック、アウトライン 

ケースの中身はレンズ、シム(後述のバックフォーカス調整機構もあるが、シムも付属している)、レンチ、レンズサポート、EFマウント。ケースはウレタンの表面にヘアラインのプレートが貼ってあり、高級感がある 。
▲Blackmagic URSA Mini Pro 4.6K G2に取り付けてみる。ボディに対して結構な大きさなので、PLマウントのカメラを使うのが無難。

事前情報で大まかなスペックは把握していましたが、届いたレンズを見た第一印象は「なかなかの大きさ」。サイズは約116×240mmと、Nanomorphとは比較にならない大きさで、単焦点シネマレンズとしてもかなり大きいほう。重量も3kg弱(2.95kg)ですから、適切なPLマウントのシネマカメラに取り付ける必要があります。キットには交換可能なEFマウントも付属していますが、EFマウントで使用する場合はレンズサポートは必ずつけたほうが良いでしょう。 

レンズ内部は、やや奥まった位置にアナモフィック光学系があることが見て取れる。また、コーティングの青色も見えている。 

公式サイトによると、フロントアナモフィック光学系とありますが、レンズの前玉を観察すると、最前列ではなく少し奥まった位置にアナモフィック光学系があるように見受けられます。レンズ構成は14群17枚と、かなりの枚数が使われていますから、収差のよく補正された現代的な描写が期待できます。コーティングはフレアの色違いでブルー、シルバー、アンバーの3種類で、Nanomorphと同様です。今回使用したのはブルーコーティングのもの。ギアの目盛りはフィートとセンチを選択可能で、今回のものはセンチメートル目盛りのものでした。   

ギアまわりはシネマレンズとして非常にオーソドックスな作り。写真はメートル仕様になっている。 
▲側面に記載されている「F.A」は「Focus Adjust」の略だろうか。埋まっている六角ネジ2箇所を緩め、F.Aの刻印のところにある穴にスクリューを差してリングを回転させることでフォーカスを微調整する。 

レンズの構造上特筆すべきなのはフォーカス調整機構を内蔵している点。付属のレンチでレンズ根本のリングを緩めて回転させることでフォーカスを調整することができます。シムに頼らないで微調整が可能なので非常に便利です。 

 

フィールドで実戦投入 

今回、レンズをレンタルするタイミングで4人組バンド「フレンズ」のミュージックビデオを撮影する機会があり、内容的にアナモフィックがマッチするものだったので実戦投入してみることにしました。 

撮影したミュージックビデオ:フレンズ『きっと私は大丈夫』

監督から提示された構成は車のフロントガラスを正面から捉えたワンアングルで展開していくというもの。横に広い世界がマッチしそうだというイメージと、シネマチックな画作りをするのにアナモフィックレンズが最適と思われました。

カメラの候補はBlackmagic URSA mini Pro G2かキヤノン EOS C500 Mark II。牽引しながら85mmのレンズで車の周辺も写し込む必要があったので、URSA mini Pro G2よりもセンサー面積の大きなEOS C500 Mark IIを4:3モードで使用。EOS C500 Mark IIのセンサーを4:3で使用すると、センサー面積は26.83 x 20.10mm、イメージサークルは33.59mmとなり、Proteus85mmのイメージサークル33.74mmをほぼフルにカバーすることができます。 

撮影後はDaVinci Resolveにてプロセスし、撮影素材そのままから左右をややカットした1:2.39のスコープサイズに上下黒味を足して16:9にて完パケしています。 

▲EOS C500 Mark IIに取り付けたところ。マウントはPL 

撮影は劇用車をハイエースにて牽引して撮影。牽引撮影できる時間が限られていたため、停車中のシーンではカメラと車両の位置関係を記録した上で三脚を使用して撮影しています。また、お借りした85mmのレンズ1本で撮影可能かを事前に検証するためにBlenderを使って簡単なプレビズを作成したところ、周辺も含めた画作りが可能ということで撮影に臨みました。 

車載風景。ハイエースで牽引している。 
▲レンズは85mm1本しか使わない予定だったので、事前にBlenderでおおまかなプレビズを作成して画角を検証した。 
フィックスのシーンはあらかじめ車とカメラの位置関係を計測しておいて三脚で再現。牽引での撮影を最小限にする工夫。 

ミュージックビデオの大まかな物語は、雪見みとさん演じる駆け出しスタイリストの主人公が、仕事や人間関係に翻弄されながらも少しずつ頑張っていく姿を愛車のフロントガラスから淡々と狙うというもの。ミュージックビデオなので、一つ一つのシーンというよりはイメージの積み重ねで作っていきました。 

 

Proteusの驚くべき描写性能! 

さて、この物語を描くにあたって、Proteusというレンズはまさにぴったりのチョイスでした。それは、このレンズがどちらかといえば低価格帯に位置するアナモフィックレンズでありながら、いくつかのライバルレンズとは一線を画した描写性能を持っていたからです。 

低価格帯のアナモフィックレンズにありがちなのが、「良くも悪くもアナモフィックらしいクセの強さ」ではないかと思います。フレアは出まくり、画面中央以外ではまともにフォーカスが合わず、フォーカスを動かすと盛大にブリージングする。そういったクセつよな描写こそ狙いという意見も当然あるかと思います。ではProteusはどうでしょうか。 

※ブリージング:フォーカス移動に伴う画角変化

下の画像のように、画面の端を使ってシーンを作るような場面でも、全く問題なく描き出すことができました。これには正直驚かされました。今までならアナモフィックでこういう画作り自体が撮影プランに入れることをためらわれるものではなかったかと思います。 

画面の端を使った画作りがなんの問題もなくできてしまう。(下へ続く) 
画面奥へ移動する主人公をフォーカスが追うが、ブリージングがほぼ見られない。 

そして、続けて主人公が画面奥へと移動していき、フォーカスはそれを追って画面奥へとピントを送るのですが、驚くほどにブリージングもありません。こういった描写性能自体がアナモフィックらしくない(苦笑)とすら言えるのではないかと思いました。 

次に、ナイトシーンでの画作りを見てみたいと思います。アナモフィックといえばかっこいいフレア!みたいな定番のイメージとはやや違い、極めて上品な画作りだと思いました。あまりにシャープすぎるかと思い、撮影時はTiffenのグリマーグラスフィルターの1番をレンズ前に入れていましたが、それでもかなりシャープ。しかし、開放でのアウトフォーカスを見れば楕円形に細長く伸びたボケ味や、強い光源で現れるフレアなどアナモフィックらしい画作りも健在です。 

湾曲も極めて少なく、注視すれば画面端の縦方向に糸巻き収差を僅かに見出せますが、ほぼ気にならないレベルと言って差し支えないかと思います。 

ナイトシーンで開放にすればアナモフィックらしいボケを楽しめる。それにしても開放とは思えないキレである。 
後続車のヘッドライトにうっすらとフレアが入っているが、かなり上品。 ちなみに画面上部のボケが切れているのは撮影中に雨が降り出してしまい、レンズに水滴がつくのを避けるためにマットボックスのトップフラッグをギリギリまで攻めたためと思われる。 
夜間に開放で画面端で絵作りをしても全く破綻していない。 

最後に遠景と、本編では試せなかったミドルサイズでの描写についてですが、予想通りのクリアでシャープな描写。 

前回Nanomorphのレビューをした際に少し書いたのが、これだけ端正な映りで果たしてわざわざアナモフィックを使う意味があるのか? というもの。しかしProteusでは倍率2倍なだけあってボケなどの描写にアナモフィックらしさを感じ取ることができ、LAOWAというメーカーがシネマチックな画作りにキチンと答えを出しているという印象を受けました。 

本編未使用のミドルショット。人物の肌の描写、衣服の表現は素晴らしい。開放でのアナモフィックらしいボケと合焦部分のシャープさが共存している。 
遠景を捉えたカット。水平線の直線、手前の砂のディテールなどは目を見張るほど。うっすらとフレアのように見えるのは早朝の海岸の空気層が映り込んだもの。 

最後に 

今まで自分はどちらかというと「アナモフィック懐疑派」だったかもしれません。あまりにも映画らしい、クセの強い絵作りはハマる時は素晴らしい効果をもたらしますが、いつも使えるというわけではなく、むしろ自分の普段手掛ける撮影では扱いづらさの方が目立ってしまうのではないかという懸念がありました。 

しかしこのProteusでは今まで僕がアナモフィックレンズについて懸念していた画面周辺部分の描写力やフレアや湾曲が極めて現代的に補正されており、全く問題なく仕事で使えるという印象を受けました。その上アナモフィックならではの絵作りもしっかりと生きており、価格帯を考えるとこれだけの描写はなかなかないのではないかと思います。 

正直なところ、Proteusのアナモフィック「らしさ」と「らしくなさ」のバランスはかなり気に入っています。こう言ったレンズはレンタルして使うことがメインになると思いますが、アナモフィックに対してハードルを感じていた人がいれば、ぜひ使ってみることをおすすめしたいレンズだと思いました。きっと、作品に素晴らしいアクセントをつけてくれるでしょう。 

 

今回の撮影で完成したミュージックビデオ

フレンズ『きっと私は大丈夫』

【Staff List】 

Director 岩崎裕介
Cinematographer 湯越慶太
Stylist 石塚愛理
Assistant Stylist 田中未来
Casting 宮田雅史

Camera car 志村治彦/中西レオ
Car 下條 岳

TitleDesign 岡本太玖斗
OfflineEditor 大森優希

Cast 雪見みと

吉田萌衣/小口勝一/
岩崎裕介/えみそん/
荒木高輔/水野佑香

Producer 島瀬悠光加
PM 小口勝一/水野佑香
APM 加藤集平/小林未希/佐々木絢奈

フレンズ

東京都渋谷区神泉発「神泉系バンド」
2015年6月8日結成。

えみそん(Vocal)・三浦太郎(Guitar, Vocal & Chorus)・長島涼平(Bass & Chorus)・関口 塁(Drums & Chorus)からなる男女混合神泉系バンド。

友情や恋愛、日々の心の機微を、キャリアもルーツも違う4人の絶妙に絡み合うオリジナリティとグルーブとともに多彩なPOPサウンドで表現。

観客と一緒に作り上げるハッピーでエモーショナルなライブが、ココロ踊らせココロに寄り添い、老若男女問わず高い人気を誇る。

唯一無比なポップアイコンとして、きららかにしなやかに圧倒的なエネルギーを放つ。

 

◉製品情報
https://www.laowa.jp/news/2023/05/laowa-proteus-1.html

LAOWAホームページ
https://www.laowa.jp/

▼湯越さんによる「Nanomorph」シリーズのレビューはこちら!