第77回カンヌ国際映画祭で「国際映画批評家連盟賞」を受賞した『ナミビアの砂漠』。監督を務めたのは『あみこ』で世界にその名を知らしめ、坂本龍一氏からも絶賛された山中瑶子さん。かねてより山中作品への出演を熱望していた河合優実さんを主演に迎え実現した同作。カナという唯一無二のキャラクターを生んだこの作品ができる過程を山中監督に聞いた。

取材・文●編集部 伊藤

『ナミビアの砂漠』9/6公開 TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー

©2024『ナミビアの砂漠』製作委員会

監督・脚本 山中瑶子 Yoko Yamanaka

1997年生まれ、長野県出身。日本大学芸術学部中退。独学で制作した初監督作品『あみこ』がPFFアワード2017に入選。翌年、20歳で第68回ベルリン国際映画祭に史上最年少で招待され、同映画祭の長編映画監督の最年少記録を更新。香港、NYをはじめ10カ国以上で上映される。ポレポレ東中野で上映された際は、レイトショーの動員記録を作った。

本格的長編第一作となる『ナミビアの砂漠』は第77回カンヌ国際映画祭 監督週間に出品され、女性監督として史上最年少となる国際映画批評家連盟賞を受賞。

監督作に山戸結希プロデュースによるオムニバス映画『21世紀の女の子』(18)の『回転てん子とどりーむ母ちゃん』、オリジナル脚本・監督を務めたテレビドラマ「おやすみまた向こう岸で」(19)、ndjcプログラムの『魚座どうし』(20)など。

 

万事休すの状態から一転して生まれた企画

──作品を作ろうと思ったきっかけはどんなことだったのでしょうか?

元々は小説を原作にした作品を河合優実さん主演で撮るという映画の企画がありました。それは2023年9月から撮影が始まる予定でしたが、なかなかうまくいかない部分があって5月に私が作品から降りたいという話をプロデューサーに相談しました。

しかし、そのタイミングだと河合さんやスタッフみんなのスケジュールを押さえていたこともあり、「なんでも好きなことをやっていいから同じスケジュールでオリジナルの作品を撮ってみませんか?」とご提案をいただいて。そこから急遽企画を変えて、脚本を考えることになりました。

私は企画のストックがあるタイプではないのでどうしたものかと考えたときに、自分が見たくて好きなものを作るのがいいなと思ったので、自分が好きな映画や、今どういう映画を観たいのかを掘り下げることにしました。

河合さんが主演ということがずっとモチベーションになっていたので、どんな彼女を見たいかと考えて、すごく嫌な女の子を演じていたらおもしろそうだなと思ったのが出発点です。

主演は映画やドラマで大躍進を続ける河合優実さん。

 

日々のモヤモヤや引っ掛かりが映画の要素に

──そこからどのように脚本を練りあげていったのでしょうか?

私の場合は思考の整理として映画制作をしている面があるので、映画を作るとき以外はあまり思考の整理ができていない状態で日々を過ごしているんです。

3年ほど映画を作っていなかったので、その期間にモヤモヤしたことや消化できてない感情や出来事を思い返して、まずはそれをすべて書き出して可視化することで糸口を探していきました。その後は近い内容の要素を分類して、女1男2の人間関係が見たいなと映画として成立させるための要素を足したり、起承転結の流れになるように構成したりして、ストーリーとして組み立てていきました。

主人公・カナの同棲相手であるホンダを寛一郎さん(上段)、クエイターのハヤシを金子大地さん(下段)が演じている。

──ということは最初に中心となるストーリーがあってそこから考えていくというよりは、山中さんが日常で感じてきたことや引っかかったことといった細かい要素の集合体として映画ができていくんですね。

はい、要素を組み合わせてすき間を埋めていくような感覚でストーリーができています。脚本の段階では足りないものが残ったままの部分もあって、そこは撮りながら考える。今回もそういう流れでした。

 

映画の内容を象徴するファーストカット

――撮影時はスタッフや役者さんとディスカッションを重ねながら進められたそうですが、撮影を担当された米倉 伸さんとはどのように撮影の構成を決めていったのでしょうか?

河合さんには決めた範囲内ではなるべく自由に動いてほしいという想いがありました。今回はひたすらカナを追っていく映画なので手持ちで撮ることも多かったですし、米倉さんはカナを撮りやすいように機動力がある軽い機材を選んでいました。

映画はカナの精神状態とリンクするようにだんだんフィックスの画が多くなっていくんですけど、そういう構成を一緒に考えてくれました。

──先ほど動きの話もありましたが、冒頭で街中を歩くカナの姿はとても象徴的でした。

一発で「この人が主人公なんだ」とわかることが大事なのと、歩き方から「なんだこの人は」と観客の心を掴みたかったので、河合さんにはアホ面で大股で歩いてほしいということぐらいしか伝えませんでした。河合さんがやってくれた実際の歩き方はこちらの想像を上回るもので、思わず現場で笑ってしまうほどでした。

──最初のカットで映画のイメージを伝えたいとのことでしたが、普段の作品作りのなかでもよく意識されているのですか?

鮮烈なファーストカットを思いつけばもちろんそれを採用したいですが、そういうものが合わない内容もあるので作品によって異なります。

──今回のファーストカットは最初からビジュアルとしてのイメージがあったのでしょうか?

はじめは、具体的なイメージはありませんでした。ファーストシーンは町田駅で撮影しているのですが、カナが町田に住んでいることは重要なポイントだなと思っていたので、「その街の雰囲気」を見せたいという気持ちはありました。

ズームの演出はロケハンのなかで採用することになりました。カナが歩いていたところは撮影許可が取りづらい場所だったので、それを撮れる場所はどこだろうと探して見つかった場所がちょっと離れた位置で、そこからだったらズームで狙おうという流れで決まったと思います。結果としてワンカットで象徴的な撮影ができたので、状況的な制約があってむしろ助かりました。

 

画面からあふれる作品のエネルギー

──作品のルックはどのように決めたのですか?

内容はリアルで生々しくても、フィクショナルでありたいということと、ポップな軽さを求めて今のようなパステル感のあるルックに仕上がりました。カットバックを繋げる必要がないということも考えていました。

人それぞれ見えている色というのは実際には少しずつ違うでしょうし、具体的なリファレンスとなる作品などを伝えてしまうと同じようなものになってしまうんじゃないかと恐れて、ルックについてはあえてビジュアルのイメージを共有しないで言葉でざっくり伝えるようにしています。あまり詳しくないのでプロに任せたいというのもあります。

作中より

──今回の作品も含めて、山中監督の作品を見ていると画面から強烈なエネルギーが伝わってくるような感覚があります。ご自身としてはどんなところにその理由があると思われますか?

人のしぐさや動作に人柄がよく出るので、カナにはなるべく大きく体を動かしてほしいと思っていました。シンプルに挙動が大きいのもひとつの要因だと思います。

また、先ほどもお話ししましたが、この作品はカナを見る作品なのでカナだけを追っていれば成立するものにしたいという考えがあって。その他の情報はノイズになるし、カナ自身が情報量の多い世界を狭い視野で生きていることを表すためにスタンダードサイズを選びました。

これは私が意識して考えたことではなく、作品に関係のない、あるプロデューサーの方に言われて気づいたことなのですが、カナには大きな身体の動きがスタンダードサイズの小さな画面から飛び出てくるような躍動感があるんです。

さらにカメラも手持ちでよく動くから余計そういう効果があるのだと思います。例えばカナの動きがワイドに収まらないシーンがあったとしても、見ている私たちはそれを頭の中でイメージできるじゃないですか。これがシネスコやビスタで同じことをやっていたら、また違った印象の作品になったはずです。

もともと意図したものではありませんでしたが、それは結果としてすごくいい選択でしたね。

──それを聞いてすごく納得しました。カナの必死さや、もがく様子がより緊迫して見えるのかもしれないですね。

それと、私は監督の気持ちというのは画面に出るものだと信じていて。熱量がある画面とない画面というのがあって、それがシーン単位でも出ていると思っています。だから今回私がこの映画作りを楽しめたというのが画にも出ているのではと感じています。

取っ組み合いをするカナ

 

撮影中の様子

撮影中のメイキング。

ハヤシを演じた金子大地さんと確認をする山中監督
スタッフたちとの写真
モニターを見つめる山中監督(左)
カナとハヤシが取っ組み合うシーンのリハーサルの様子。激しくも笑える喧嘩のシーンを実現するために、アクション監督をスタッフに迎え、動きや段取りなどを決めていった

 

ナミビアの砂漠

あらすじ

主人公は東京の片隅で暮らす21歳のカナ。やり場のない感情を持て余したまま、優しいけれど退屈な恋人のホンダと同棲生活を送っていた彼女は、自信家の映像クリエイター・ハヤシに乗り換えて新生活を始めるが、しだいに退屈な世の中と自分自身に追い詰められていく。

ストレスフルな出来事が続き、しだいにイライラをコントロールできなくなるカナ。もがき、ぶつかり、カナは自分の居場所を見つけることができるのだろうか…?

DATA

脚本・監督:山中瑶子/製作:小西啓介、崔 相基、前 信介、國實瑞惠 /プロデューサー:小西啓介、小川真司、山田真史、鈴木徳至/協力プロデューサー:後藤 哲/撮影:米倉 伸/照明:秋山恵二郎/録音:小畑智寛/リレコーディングミキサー:野村みき/編集:長瀬万里/美術:小林 蘭/装飾:前田 陽/スタイリスト:髙山エリ/ヘアメイク:河本花葉/助監督:平波 亘/制作主任:宮司侑佑/音楽:渡邊琢磨/制作プロダクション:ブリッジヘッド コギトワークス/企画製作・配給:ハピネットファントム・スタジオ

公式HP
https://happinet-phantom.com/namibia-movie/

©2024『ナミビアの砂漠』製作委員会