中国のレンズメーカーLAOWAから、世界最小を謳うx1.5のアナモフィックレンズ「Nanomorph」シリーズがリリースされた。 今回は、カメラマンやDITを抱えるTFC Plusに所属し、シネマトグラファーとして映画やTV CM、WEBムービーの撮影をしている湯越慶太さんにレポートを依頼。焦点距離やフレアの違いによる比較や、さまざまな被写体ごとに撮れる画のテストを行なってもらった。
レポート●湯越慶太
注目のレンズメーカー「LAOWA」
ここ数年、LAOWAなど中国のレンズメーカーが元気です。日本や欧米と比較して顕著なのは、なんと言っても製品リリースの早さ。ユーザーの要望が迅速に反映されたフットワークの軽い製品開発は賞賛すべきものがあります。
LAOWAというメーカーはその中でも「マクロ」「広角レンズ」という分野にこだわりがあるという印象で、フルサイズ最広角の「9mm F5.6 W-Dreamer」なんてレンズをリリースしたり、細長い形状が印象的なマクロレンズ「24mm T14 2x Macro Periprobe」みたいな変わり種をいくつもリリースしています。近年は「OOOM 25-100mm T2.9 Cine」など、映画用レンズも数種手掛けていますが、マクロや広角レンズのラインナップが充実している中でようやく通常焦点距離の単焦点レンズが登場したと思ったらまさかのアナモフィックレンズ。なかなかやってくれます。
アナモフィックレンズとは?
さて、アナモフィックレンズと聞いて何のことやらと思われる方もいらっしゃるのではないでしょうか。元々は1950年代、映画撮影フィルムカメラでそれまで以上のワイド画面を実現するために画面を縦に1/2に圧縮し、上映時に今度は2倍に引き延ばす事で、同じフィルムを使いながら横幅2倍、縦横比1:2.35という極めて横にワイドな画面サイズを実現した「シネマスコープ」と言うシステムに端を発しています。
日本でも独自にレンズを開発した東宝の「TOHO SCOPE」のようなオリジナルのシステムが開発され、テレビの4:3画面では味わえない、映画館ならではのワイドな画角が隆盛を極めたのでした。東宝ロゴの両脇に「TOHO SCOPE」と出てくるアレですね。
しかしながら、一度画面を圧縮すると言う手法には光学的に色々と無理があることは否めず、アナモフィックレンズで撮影された映像は水平方向が強い樽型に歪曲してしまったり、絞り込んで撮影しないと中央以外はボケてしまったり、背景に奇妙なボケ味が出てしまったり、光源から横に伸びる変なレンズフレアが出てしまったりと言った数々の「扱いづらさ」を抱えていました。
アナモフィックレンズで撮影された往年の大作映画を見てみると、多くの場合アナモフィックレンズの持つそれらの欠点を極めて注意深く取り除き、欠点が出ないように撮影されていることがわかります。
ところが近年になってそれらアナモレンズの持つ特性を逆手に取り、奇妙なボケ味、誇張された歪曲収差、光線のようなレンズフレアを積極的に画作りに生かす作り手が現れたことで、かつては消したいものだったアナモフィックレンズの欠点が、むしろ唯一無二のアピールポイントとなったのです。
現代のデジタル撮影ではカメラのセンサーサイズや完成品のフォーマットは実に多種多様であり、わざわざ縦に圧縮してそれをまた戻す、といったアナモフィックレンズ特有の面倒な処理に実用的な意義はほぼありません。アナモフィックレンズの存在意義は、その独特な「描写のクセ」にあると言っても過言ではないのです。
LAOWAのNaonmorphシリーズ
前置きが長くなってしまいましたが、LAOWAのNaonmorphを見てみましょう。
現状では27mm、35mm、50mmの3本がリリースされていますが、どうも今後増えそうな予感。
マウントはミラーレス(キヤノン RFマウント、ソニー Eマウント、M43、DJI DL、ニコン Z、L マウント、富士フイルム Xマウント)、キヤノン EFマウント、PLマウントと実に多彩。今回は汎用性の高いEFマウントで使ってみました。ちなみにEFとPLは専用工具でユーザーの手で交換することが可能(多少の知識は必要)。
さらにコーティングを変えることでブルー、シルバー、アンバーの3種類のフレアを選択可能と、カスタマイズによって選べる選択肢は非常に多彩なものとなっていますが、反面どの選択が良いかは悩ましいところ。いろんなカメラを持っていて汎用性を担保したいのなら、重量は多少増えますがマウントはEFかPLでアダプターを経由するのが無難かもしれません。
フレアはブルーがスタンダードなアナモフィックらしい画作り。シルバーはそれに比べるとややオールドレンズ的なクラシックな趣があります。アンバーは夕景や、白熱球の室内シチュエーションなどにマッチしそうで、さらにクラシックな雰囲気づくりもできそうなイメージです。
非常にコンパクトなボディ
外観は非常にコンパクトで、先端から緩やかに絞り込まれたフォルムはぱっと見普通のスチルレンズのようです。0.8ピッチのギアがあることでシネマレンズということがわかりますが、それにしてもかなり小型。表面の質感も良く、コストダウンしただけの低価格シネマレンズとは一線を画しています。
正面から光学系を覗き込んでみて驚かされるのは「中玉アナモ」であるということ。アナモフィックレンズというのは光学系の特殊性から、通常のスフェリカル(球面)レンズ構成の前後どちらかにアナモフィック効果を持たせた光学系を追加するのがポピュラー。多くのアナモフィックレンズはそのような構成になっています。
Nanomorphのようにはじめからレンズ構成の内部にアナモフィック光学系が包含されているものは高性能が期待される反面、アナモフィック以外で同じレンズ構成を使い回すことができないため、かなり贅沢な仕様といえます。中玉アナモであるということが小型化と高画質化に貢献していることが想像できます。
使用した機材
今回お借りすることができたのは27mm(EFマウント、シルバーフレアモデル)、35mm(EFマウント、ブルーフレアモデル)、50mm(EFマウント、ブルーフレアモデル)。フレアの色は揃えたかったですが、結果として違いを比較することができました。
また、検証用にパナソニック LUMIX S5IIとシグマのMOUNT CONVERTER MC-21 CANON EF-Lをお借りすることができました。LUMIX S5IIはフルフレームセンサーですので、3.3K、4:3モードを選択し、カメラ内で1.5倍のデアナモ(アナモフィックを拡張する)をかけています。収録はV-logで行いました。
また、撮影後の素材はDaVinci Resolveにて1.5倍に伸長し、タイムライン解像度4096x1716 DCI Scope 2.39で処理しました。
チャート画像の比較
それでは、描写についてチェックしてみたいと思います。まずそれぞれのチャート画像をチェックしてみます。絞りは全て解放で撮影しました。若干の甘さはありますが、アナモフィックレンズとしては非常に優秀という印象です。
特筆すべきだと思ったのは、画面横方向の歪曲収差がほぼ見られないということ。反面、縦方向には若干の糸巻き型歪曲収差が現れています。
レンズごとのフレアの出方をチェック!
次にチャート右上に照明を追加してフレアの出方をチェックします。ちょうどシルバーとブルーで印象が違うことがわかると思います。3本とも、フレアは光源の両脇まで1直線にほぼ同じ幅で出ています。光源から離れるにつれて多少減衰した方が表現としては上品な印象かもしれません。また、直線状のフレアの他にも虹色の円状のフレアが入っており、これも条件によって絵作りに活かせそうな印象です。
人物モデルを撮影した場合のボケ味
次に、人物モデルを撮影した場合の比較をしてみました。27mm、35mm、50mmそれぞれでカメラからの距離を揃えて撮影しています。また背景にはフレア用の光源と、ボケ味を見るためのイルミネーションを配置しています。
まず27mmでは、ボケはアナモフィック特有の楕円というよりは鳥が羽を広げたようなサジタルコマフレアのように見えます。シルバーのレンズフレアもおとなしめ。
35mmではボケはアナモフィックらしい楕円形となります。ブルーのフレアはまだ少し控えめ。こちらで照明を手配してフレアを意図的に入れたいのであれば、結構強い光が必要になりそうです。
最後に50mmでは、浅い被写界深度と相まってアナモフィックらしいボケを楽しめそうな印象を持ちました。
屋外での使用感
最後に、フィールドに持ち出してテストしまいした。27mmは、太陽のような光源を画面内に入れればかなり強いフレアを見ることができます。また歪曲収差の少なさはさすがLAOWAと感じました。
35mm、50mmは、印象としては近いですがよりボケ味を楽しめるのはやはり50mmです。こちらも驚くほどの歪曲の少なさと、現代のレンズらしい、画面全域で均質な画質が実現されていることがわかります。
テストを振り返って
さて、これらのテストからわかったことは、NanomorphシリーズはさすがのLAOWA製だけあって、クリアで歪曲の少ない画質が実現されているということです。1.5倍という抑えた比率も含め、アナモフィックらしい癖は抑えて扱いやすさを全面に出しているという印象を持ちました。
大きさ、価格も加味すれば、まさしく「マイ・ファースト・アナモフィック」とでも呼べるレンズではないでしょうか。とはいえ、価格は抑えたと言っても数十万ですから、まずはレンタル等でテストするのが良いでしょう。てか、アナモフィックレンズを「購入して使う」と言う発想はかつては(今も)なかったわけですが…
そして、私が個人的に思うことは「もっと面白くしても良かったのでは」です。癖が抑えめということは、通常の「非圧縮レンズ」との違いを見い出しづらい、という意味でもあります。
カメラマンがアナモフィックレンズを手に取る時、そこにはやはり描写への期待があるわけで、それはボケ味、フレア、そこにしかない空気感のようなものだと思うのですが、今回のLAOWAのNanomorphは非常にクセのない優等生的なレンズでした。それをどう捉えるかは、これを手に取ったあなた次第と言えるかもしれません。
◉製品情報
https://www.laowa.jp/cat/81d4307ac297ffbb45d8a2d0a695f0688bad2856.html
LAOWAホームページ
https://www.laowa.jp/