ジェンダー・年齢・国籍・時代のすべてを超越して、真の自由と平等を手に入れる旅に出た主人公を描き、ヴェネチア国際映画祭で大絶賛を受けたヨルゴス・ランティモス監督の『哀れなるものたち』。監督の前作『女王陛下のお気に入り』に続き、再び撮影監督として作品に参加したロビー・ライアン氏に想像を超える大胆な冒険物語ができるまでの過程を聞いた。

取材・文●編集部 伊藤

 

『哀れなるものたち』1月26日公開

 

撮影監督 ロビー・ライアン

1973年、アイルランド生まれ。ヨルゴス・ランティモス監督の『女王陛下のお気に入り』(18)でアカデミー賞撮影賞にノミネート。また、ケン・ローチ監督から厚い信頼を得て、『わたしは、ダニエル・ブレイク』(16)、『家族を想うとき』(19)、新作 『THE OLD OAK(原題)』(23)などを手がける。その他に、ノア・バームバック監督 『マリッジ・ストーリー』(19)、マイク・ミルズ監督 『カモン カモン』(21)などの撮影監督も務めている。

ヨルゴス監督の持つ視覚言語を具現化する挑戦から生まれた数々の幻想的かつ衝撃的なシーン

お互い言葉にしなくても阿吽の呼吸で仕事ができた

――『女王陛下のお気に入り』に続き、ヨルゴス・ランティモス監督との仕事は2度目になると思いますが、監督との作品作りの印象を教えてください。

ヨルゴスとの作品作りはとてもクリエイティブな作業になります。前作『女王陛下のお気に入り』と環境的な違いはありますが、プロセスは同じです。撮影を通して、ヨルゴスが好きな視覚言語や挑戦しようとしている映画的言語というものが感覚としてどういうものなのかをより理解できるようになりました。お互い言葉で説明しなくても、阿吽の呼吸で仕事ができて、彼の作品のなかで「何をやってはいけないのか」がわかったような気がします。

今回の作品に関しても、自分にとっては新しいカメラの動きやカメラの光学的な側面などを試すことができて、学びも多かったのでわくわくしました。

撮影現場のメイキング写真。

 

「広い世界へ続く窓」を視覚的に表現

――撮影面でのチャレンジも多かったということですが、撮影に使用した機材をうかがってもよろしいでしょうか?

今回はコダックの35mmフィルムで撮影しています。カメラはARRI ARRICAM STです。レンズは100本ほどテストをした結果、種類を絞って使っています。主に使ったのがZEISSの16mm用ズームレンズです。さらに映写機用のペッツバールレンズを使うことによって、中心にフォーカスをしぼりながらも、背景のボケが渦巻き状になるという効果を生んでいます。

ヨルゴスは広角が好きなので、劇中ではワイドレンズを多用しています。劇中に何度か出てきた円形の映像は、イメージサークルの小さい16mmフィルムカメラのレンズを35mmフィルムカメラで使うことでできるケラレを、登場人物の感情を表す効果として使いました。

――作品は幻想的で独特な画作りをしていますが、どのような視覚的表現を狙っていたのでしょうか?

前述の円形の映像は「広い世界へ続く窓」のようなものを表現し、そこから中に入っていけるような、中をのぞき見られるような効果を狙っています。このような撮影手法は、シーンにもうひとつ要素がほしいなというときに表現として使用していたものでもあります。

ヨルゴスは通常とは違ったやり方や表現を好む傾向もあり、普通は撮らないアングルから撮りたいというリクエストがありました。今までの作品を見ても、例えばローアングルや広角での撮影といった部分に彼の特色がありますね。

特に今回はズームを意識的に多用し、この部分は自分も撮影して非常に楽しかったです。フォーカスを担当したスタッフがほんとうにいい仕事をしてくれて、実はあまりリハーサルをできなかったなかで、非常に複雑なカメラの動きであるにもかかわらず、しっかりとフォーカスを合わせてくれました。

本編より。

 

センシティブなシーンは最小限の人数で演者が落ち着ける環境で撮影

――あまりリハーサルはしなかったというお話もありましたが、現場での撮影の進め方はいかがでしたか?

どんな映画でもそうですが、一日にこなさなければならない撮影シーン数があって、その中でも内容的により注意を払わなければいけないものもありました。そういったシーンはいわゆるクローズドセット(注:多くの場合センシティブなシーンの撮影は必要最小限の人員しかアクセスできない「閉じた」セットで行われている)で撮影を進めました。そのため部屋にいたのはヨルゴスと自分、助監督のヘイリー・ウィリアムズと主演のエマでした。カメラ周りも最小限の人数ですべて撮影していたので、スタッフの意思疎通もしやすくいい撮影ができましたね。

作品にはセンシティブなシーンも多かったですが、演者側のエマにとっても落ち着ける環境で、しかも人が邪魔になるようなことがなかったので、撮影もより素早く進めるとができました。

撮影現場は日々少しずつ状況が変わっていくものですが、たいてい一日に脚本の3、4ページ分のシーンを撮影することを目指していました。ただ、ヨルゴスの場合は、そのシークエンスのショットの数がかなり必要になるので、まず、ズームレンズで撮って、次にワイドレンズ、あるいはペッツバールレンズで撮影したりと、各シーンに対して最低3種類のショットを常に撮影していました。それより多いことはあっても少なくなることはなかったですね。

ヨルゴス・ランティモス監督(左)と話す主演のエマ・ストーン。

 

セット制作の段階から参加したというディープな撮影準備期間

――今回はセット制作の段階から撮影準備に関わったそうですね。

映画の準備期間としては長かったです。自分は普段セット制作といった段階から準備に携わることがありませんが、本作ではすべてをセットで建て込まなければいけなかったので、ヨルゴスもプロダクションデザイナーたちも、どこに、どうやって照明を作らなければいけないのか、事前に知っていなければならず、より連携を取る必要がありました。そういった意味でも他の作品と比べると、かなりディープな準備期間でした。

プロダクションデザイナーたちはUnreal Engineというソフトを使って3Dでセットを組んでいたのですが、あれはすごかったですね。現場に来ると、必要に応じてセットに修正が入っているんです。そのため、スタッフ間での密な連携がありました。また、プログラムで見ていたものが、現場に入ると実際に寸分たがわず作られているのを見るのもワクワクしましたね。そういう現場ははじめてだったので、非常に感銘を受けました。

メイキング写真よりセットでの撮影風景。

 

驚異的なエマ・ストーンの演技

――主演エマ・ストーンさんとは一緒にお仕事をしてどのような印象をお持ちですか?

エマは共同作業の過程でとても密なコミュニケーションを取るタイプですが、私はエマとヨルゴスが話し合っている作品の内容に関するアイデアや制作・製作まわりにはあまり関わっていませんでした。でも彼女は各シーンに出ずっぱりだし、映画もベラについての物語なので、当然エマとはとても仲良くなりました。役者にとっても毎日大きな挑戦をたくさんこなさなければいけなかったので、とにかく、エマにとって居心地の良い、安全な環境づくりを心がけ、気遣うようにしていました。

エマとの仕事は本当に楽しかったし、彼女は仕事仲間としてもとても素敵な人です。そして、本作での彼女の演技は本当に驚異的だと思います。

この作品でエマ・ストーンは主演女優だけでなく、製作としても作品に参加している。

 

メイキング

 

『哀れなるものたち』

【STORY】
天才外科医によって蘇った若き女性ベラは、未知なる世界を知るため、大陸横断の冒険に出る。時代の偏見から解き放たれ、平等と解放を知ったベラは驚くべき成長を遂げる。鬼才ヨルゴス・ランティモス監督&エマ・ストーンほか、超豪華キャストが未体験の驚きで世界を満たす最新作。

【DATA】
監督:ヨルゴス・ランティモス、原作:「哀れなるものたち」アラスター・グレイ著(ハヤカワepi文庫)、脚本:トニー・マクナマラ、製作:エド・ギニー、アンドリュー・ロウ、ヨルゴス・ランティモス、エマ・ストーン、撮影監督:ロビー・ライアン、プロダクションデザイン:ジェームズ・プライス、ショーナ・ヒース、衣装デザイン:ホリー・ワディントン、ヘア・メイクアップ・補綴デザイン:ナディア・ステイシー、音楽:ジェースキン・フェンドリックス、サウンドデザイン:ジョニー・バーン、編集:ヨルゴス・モヴロプサリディス、セット装飾:ジュジャ・ミハレク

出演:エマ・ストーン、マーク・ラファロ、ウィレム・デフォー、ラミー・ユセフほか

配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン/ 2023年/イギリス/ビスタサイズ/R18+/142分

 

公式サイト
https://www.searchlightpictures.jp/movies/poorthings