レトロ通販のデジタルアーカイブ作業現場を取材する① ホームビデオ編


レトロ通販のデジタルアーカイブ作業現場を取材する① ホームビデオ編

レトロ通販(レトロエンタープライズ)と言えば、8ミリフィルムカメラの販売や8ミリからのデジタル化サービスなどのイメージがあるが、ここ最近は昔のビデオテープをメディア変換して、デジタル化、ファイル化するという業務が増えているという。その依頼先は放送局から学校、個人まで様々。

昔のビデオテープと言われて、VHS、ベータ、8ミリビデオ、DVを思い浮かべる人は多いかもしれない。たしかにそれらは数は多いかもしれないが、家庭用ビデオとしては、VHSとベータの前にも各社の規格が乱立した時代があった。そのことがあまり知られていなくて、どこでも再生できず(何のテープかも認識されず)、レトロ通販に話が回ってくることになるのだそうだ。そしてビデオにはもう一つの潮流として放送用の規格がある。これもこの数十年のメディアの変遷は激しかった。古い方式のメディアは再生することすらできない。現在、放送局がアーカイブ化を順次進めているが、再生できないものはこれまたメーカーを経由してレトロ通販に回ってくる。レトロ通販の神山(こうやま)さんに、デジタルアーカイブ作業の部屋を見せてもらいながら、お話を伺った。(取材:一柳)

 

VHS、ベータ以前のホームビデオ(デッキ)の歴史

 ホームビデオの歴史はソニーが東京オリンピックの年、1964年にCV2000というビデオデッキを作ったことに始まる。これはテレビ番組を録画するためのもので、テープはまだカセットではなく、オープンリール式。テープは1/2インチ幅のテープだった。当時はCV方式と言っていたが、これはおそくらコンシューマービデオの略だと思われる。

 これを開発したソニーの技術者は、後にベータマックスを開発する。その方が残した資料によるとこのときの技術があってベータマックスが誕生したのだそうだ。このデッキは、当時198,000円。1964年の頃だから、とてつもなく高価だった。テレビ番組を録画できるということだけで凄いことだった。

 これを契機に各社が研究を始める。3年遅れて、ビクター、ナショナル(松下電器)、芝電気から、同じように1/2インチのオープンリールを使ったビデオデッキが出てくることになる。昭和40年代はそうやって各社の競争が始まるわけだが、当然だが互換性はなかった。これを問題視した当時の通産省が業界に対して指導をし、昭和45年、万博の年に、統一1型という規格が決まる。たとえばナショナルのビデオデッキには同じデッキであっても統一前のものと統一後のものがあるのだそうだ。

下はナショナルの統一1型のビデオデッキ。

 「統一」といってもとりあえず「見られる」というレベルで色までは管理していない。互換性があっても、ソニーで再生するとカラーだけど、松下では白黒というケースはあった。したがって、レトロ通販ではいろんな機種を取り揃えている。

これがソニーの統一1型のテープ。地域芸能の記録として撮影されたもので、こういったテープがダンボール箱に何本も詰められデジタル化してほしいと送られてきた。依頼は全国から来るそうだ。

1970年にはカセットに入ったUマチックの規格が誕生し、翌年にはソニーからUマチックのビデオデッキが登場するが、こちらは4分の3インチテープであり、カセットもかなり大きく、のちに放送用、業務用として使われるようになっていく。一方、もっと小さいカセットで家庭用ビデオを実現しようと、Vコードという規格をサンヨー、東芝などがやっていた。松下電器もVコード、それを進化させてVXという規格を作り、VHS陣営になる前に推進していたという。

そのデッキがこれで、型番はVX-2000。

より小さいカセットといってもこのサイズで、縦方向にデッキに挿入した。

1/2インチのカセットテープであるVHSとベータによって、家庭用ビデオデッキが盛り上がる前にこういった歴史をあった。これらのテープはほとんど知られていない。しかし、とは言え1970年代のことなので、自分たちの結婚式が記録されているのだけど見られるようにならないだろうかという依頼があるという。

 

VHS、ベータ、8ミリ以前の撮影用デッキの歴史

家庭用のビデオカメラを考えた場合、カメラとVTR一体型はもう少し後になるが、別体だとしても、これらのビデオテープを肩から担ぐのは大変だ。そこでまずはアカイのVT-110が登場した。これは1/4インチのオープンリールタイプのテープで、これは今でもデジタイズの注文があるという。裕福な家庭や学校などで使われていた。ある依頼は、息子が高校野球に出たときの記録が入っているので、それをファイル化してほしいという要望だった。

テープはカセットではなくオープリンリールタイプ。省スペース化を図るために、リールが重なるように配置した。

これはアカイ独自の1/4インチ規格だが、同じようにフナイにも1/4インチのオープンリールの規格があったが互換性がなかった。この2社はソニー、松下電器にさきがけてポータブル専業としてやっていた。

続いてアカイがカセット方式のビデオテープとポータブルVTRを出す。

左に小さなブラウン管がついていて撮影したものをすぐに見ることができた。

フナイはCVCという規格を開発。CVCとはCompact Video Cassetteの略で、これは後の8ミリビデオサイズに近いビデオテープだった。当然ながらデッキサイズはかなり小さくできる。

このデッキ部はフナイが開発して、キヤノンにもOEM供給をしていた。1981年くらいのこと。ビデオサロンの創刊当時だ。これはキヤノンブランドのCVCデッキ。

キヤノンのほうは当然ながらカメラは得意なので、8㎜フィルムカメラのようなデザインでキヤノンレンズが付いているカメラ部と組み合わせて使うことを想定していた。

このように1980年代はじめは、カメラを手で持ちポータブルVTRを肩に下げてのセパレートスタイルだったが、当然、カメラ一体型VTR=カムコーダーの時代がくるということは見えていた。当時のビデオSALON誌にも、近い将来には、カメラの中にビデオデッキが入っているという未来図が掲載されていた。たしかにこの時代、アカイやフナイが先陣を切っていたが、ソニーは一体型にしないと商品性はないと考えていたのだろう。そして実際、1983年にはベータムービー、1985年には8ミリビデオカメラの1号機が登場し、家庭用ビデオカメラの時代が本格的にスタートすることになる。

 

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