ヘルパー(介護者)付きでひとり暮らしをする知的障害者の人々を追ったドキュメンタリー、「道草」。自閉症や知的障害、自傷・他害といった行動障害がある人々は、世間との間に線を引かれ、囲いの内へと隔たれ、暮らしの場所は限られていた。「重度」とされる知的障害者の多くは入所施設や病院、あるいは親元で暮らしているのが実情だが、2014年の重度訪問介護制度の対象拡大により、重度の知的・精神障害者もヘルパー付きのひとり暮らしができる可能性が広まった。東京の街角で介護者付きのひとり暮らしを送る知的障害者の人々を追い、介護者とのせめぎあいや、道草をしながら散歩する何気ない日常の姿などを通して、健常者と障害者がともにある街の新しい選択肢を見つめていく。撮影・編集・監督の宍戸大裕さんに映像制作との関わり、具体的な撮影、編集方法について伺った。
宍戸大裕 ししど・だいすけ
映像作家。学生時代、東京の自然豊かな山、高尾山へのトンネル開発とそれに反対する地元の人びとを描いたドキュメンタリー映画『高尾山 二十四年目の記憶』(2008年)を製作。東日本大震災で被災した動物たちと人びとの姿を描いた「犬と猫と人間と2 動物たちの大震災」(2013年劇場公開)、人工呼吸器を使いながら地域で生活する人を描いた「風は生きよという」(2016年劇場公開)、知的障害がある人の入所施設での人生を描いた「百葉の栞さやま園の日日」(2016年製作)がある。
INTERVIEW
もともと映画に興味があったわけではなく
ーー宍戸さんが映像を始めようと思ったきっかけを教えてください。ドキュメンタリー映画の監督の中には、まず映像や映画が好きで、スタイルとしてドキュメンタリーというジャンルを始めた方もいらっしゃれば、テーマが優先でよりジャーナリスト的な立場から作っている方もいらしゃいます。宍戸さんは?
明らかに後者ですね。もともと映画に興味があったわけではなく、映画監督になりたかったわけでもなく、そもそも映画をそんなに見てこなかったんです。子供の頃から社会的な問題には関心があって、とくに生き物とか野生動物のことをなんとかしたいと思って、高校時代は獣医を目指していました。ただ理系的な頭がなかったので大学に入る段階で獣医は諦め、政治的な枠組みのなかで生き物の生息域を守るような活動をしたいと思って、大学で東京に出てきたんです。ただ、政治経済学部も落ちてしまって、
大学では政治的なサークルに入って活動していたのですが、人を招いて勉強会も開催する場合、2か月、3か月準備してその日を迎えても、天気が悪いとか、イベントが重なるとかで、人が全然来ないときがあるんです。伝えたいことがあっても、多くの人に伝えられないもどかしさを感じていたときに思いついたのが、ドキュメンタリー映画にすれば、DVDにして配布したり、全国どこででも上映会を開催できるし、後世に残すという記録の意味もある、ということでした。それが映画をやってみたいと思ったきっかけです。
知り合いでドキュメンタリーを撮っている人がいて、その人が紹介してくれたのが、ローポジションの飯田基晴さんで、飯田さんたちが月に一度「風の集い」という勉強会をやっていたので、そこに毎月通って、映像を見せながらいろいろと教えてもらうことで、2年がかりで高尾山の圏央道の問題のドキュメンタリーができたんです。
ーー宍戸さんがジャーナリスト的な気質が強い作り手であることは、これまでの作品から分かっていたのですが、今回の作品はナレーションもなく、映像的にきちんと見せようという意識を感じましたし、それが成功していると思います。どこで作り方の変化があったのですか?
さきほどお話しした「風の集い」で高橋慎二さんというカメラマンと知り合いました。その方はカメラマンでもあり、監督作品もあるんですが、2014年から1年半くらい、東村山のさやま園という知的障害者の入所施設での撮影をお願いして、一緒に制作していたんです(「百葉の栞さやま園の日日」)。その時に「カメラとは」という基本のところからレクチャーを受けました。実践でも高橋さんが撮る映像をいつも見せてもらって、そこで映像がどれだけ力があるかということを学ばせてもらったということが、一番大きい経験だと思います。
それまでは自分で撮って繋いで、ということが多かったので、撮影を教えられるということがなかったんです。そこからきちんと撮ろうという意識になっていきました。
ーー今回は宍戸さんの撮影ですが、高橋さんからは今回の映画の撮影についてなんて言われたんですか?
ちょっとカッコつけて撮っていてそれが鼻につくね、と言われました。
ーー師匠は厳しい(笑)。宍戸さんは宮城県在住で、撮影場所は東京の三鷹や練馬ですから、自宅から通うのは難しいですね。撮影はどのように?
2016年の4月から2018年の4月まで2年間、2017年の1月からは1年くらいは部屋を近くに借りて、何があってもすぐに行けるような体制をとりました。
ーー主な登場人物は3人ですが、並行して撮影を進めていったのですか?
そうですね。リョースケくんとヒロムくんはもう日常生活が落ち着いているのですが、ユウイチロウくんは何が起きるかわからないところがあって、後半はユウイチロウくんが中心になりました。それぞれのところに10回から20回くらい足を運びました。
障害者と介護者の二人の関係性を撮りたかった
ーー撮影は一人ですか?
一人です。先ほどお話した高橋さんはグイグイいくタイプのカメラマンなんですけど、強度行動障害の方だとそこまで来られると嫌だという人も多いと思うので、人数は最小限の一人にして、少し距離をもちながら撮ろうかと、撮影のはじめの頃から思っていました。
ーー少し距離をもちながら、というのはどういうことですか? カメラ位置として? 気持ちとして?
カメラ位置としても、気持ちとしても、ですね。よく「寄り添って撮る」という言い方があるんですけど、僕は寄り添ってというのがあまり好きじゃなくて、それは勝手な自分の思い込みでしかないと思うんです。相手はそれでいいと思っているかどうかわかりません。
それから今回は障害者と介護者の二人の関係性を撮りたかったんです。僕が入っていくと3人の関係になってしまうので、なるべく声とかはかけないで、二人のやりとりを撮りたかったんです。
知的障害者の支援というのは、その人の手足になるだけでは足りなくて、本人の意思決定にも関わっていかなければならない。支援の人たちは、本人が語れないぶんだけ、気持ちを推し量ることが必要ですし、一般の世間との間に立って繋ぐことが大事になります。その人たちの葛藤を映画に入れたいと思っていました。
ーー今回の撮影で気をつけたこと、苦労したことは?
リョウスケくんとヒロムくんの二人は落ち着いているんで撮りやすかったどころか、むしろ撮らせてもらったところがあるのですが、ただそれでもカメラはいきなり回さずに、何日か一緒に過ごした上で、その後で少しずつカメラを回していきました。
ユウイチロウくんは繊細なところもあって、カメラでどう撮られているか気にしていました。暴れてしまったり、自分が抑えられない状況のときを撮られたくないと思っていて、それを言葉で伝えてくることもあります。そうすると僕は回せない。暴れているところがたまたま撮れるのはまだしも、それを待って狙って撮るのは嫌だったので、どこまで撮っていいのかは悩みました。暴れてしまうとか、自分を傷つけてしまうような時もあって、そういうところも写さないと本当の自立支援は見えてこない。だから撮らなきゃいけないと思いつつも、でもどこまで撮っていいものか、そこに一番悩みましたね。
彼が撮らないでくださいと言った後に、カメラを置いたんですが、その後で彼がコンビニでガラスを割るんです。介護者と一緒に止めていたんですけど、止めながら蹴られたりして。きっとそこでカメラを回す監督もいるんでしょうけど、本人にとって不利になるようなことは撮りたくなかったんです。10分くらいして警察が来て、その後、店主と示談することになるのですが、そのあたりは全く撮っていないです。撮っても使わないだろうと思ったことと、本人が撮らないでと明確に言ったので。「カメラを止めるな」という映画はありましたけど、僕はすぐにカメラを止めてしまいましたね(笑)。
一番怖かったのは、このシーンを強調することで、こういう人たちは地域に出てこないほうがいいという反発が生まれてしまうこと。今は特に治安への意識は高まっていますし、自分と異なる存在への許容量が下がっていますから。病院とか施設に閉じこもるのではなく、社会に出て行ってほしいという思いで作っているのに、逆効果になったらまずいなあという思いもありました。
街の人とクロスするようなところがあるといいなと思った
ーー屋外のシーンでは、カメラはわりと引いていますが、会話は明確に録れているのでマイクを仕込んでいますよね。
そうです。マイクもトランスミッターも見えないように仕込みました。室内はガンマイクですが。屋外で二人が歩くシーンを遠くから撮りたいのですが、会話も録りたかったんです。定点で撮りたいということと、街の人とクロスするようなところがあるといいなと思ったからです。寄っているとそういう場面は撮りにくいので。
ラベリアマイクは、大抵話しかけるのが介護者なので介護者側に仕込みました。本当は返している言葉をもうちょっと録れたらなあという思いはあって、一度ヒロムくんにつけていい? と聞いたら、嫌だと言われてしまったので。そこは違和感があるのかもしれませんね。
ーー編集の期間は?
撮りながら編集していっていたのですが、本格的にまとめ始めたのは、2017年の秋くらいですね。一度仮編集して47分にして、2017年11月くらいに発表する機会を得たのですが、それを大きな山にして、後半を追加撮影しながら、2、3か月かけて編集していきました。
ーー編集で悩んだことは?
一番はユウイチロウくんの暴れるシーンをどうするのか、ですね。どこまで入れていいのか。そこは最後の最後まで悩んで、周りのスタッフがイライラするくらいでした。
ーーインサートカットでは野鳥のカットが多く、印象的でした。宍戸さんの生き物への興味を強く感じさせるカットですが。
完全にシンパシーが出てしまっていますね(笑)。鳥だけ撮るために朝や夕方、公園だけに行ったりしてますから。もうバードウォッチャーですよ。
道草というタイトル
ーー鳥のカットがこれだけ多いというのは意図があるんですよね? その象徴的な意味とは?
あと、道草というタイトルですが、今回取り上げた人たちというのは、人生のなかで目的とか夢があって暮らしているわけではないと思うんです。本来、命というのはそういものではないかということを、生き物は教えてくれます。目的をもって生まれてきたわけでも、死んでいくわけでもない。生まれたから生きるんだ。そいうことをセミとか草とか鳥はありのままに教えてくれているなと感じていて、それを彼らの道草の風景と重ねたかったのです。
ーーそういうナレーションやテロップがあるわけでなく、ビジュアルで見せているわけで、そこがすごく映画的だと思いました。
そういうところが鼻につくと感じる人がいるかもしれませんけど(笑)。僕は伊勢真一さんが好きで、作品のなかで、風景とか月とか風の音とか、海のさざ波とか、そういうカットに教えられたところが多分にあります。
ジャーナリズムって周りでやっている人をみると、機を見るに敏というか、瞬発力が高い人が多いんですが、僕は昔から瞬発力がないほうで、ジャーナリズム的な視点も弱いというか、苦手な部分なので、今回のような作り方のほうが性に合っていると思いました。
言葉で説明できないことと、言葉で説明すべきところ
ーーこの作品はナレーションがありません。
知的障害者の人たちは言葉で説明する人たちじゃないので、なるべく言葉で説明せずに作りたいと思いました。あとはユウイチロウくんが暴れたりすることは、理由が説明できない時もあるんですよ。たまたま気圧の変化なのかもしれないし。こうだからこうという、原因と結果で説明できないところがあります。この映画は、言葉で説明するのには向いてないなと思ったんです。ナレーションなしで行きたいと、整音を担当していただいた米山 靖さんに言ったら、そのほうがいいと思うと言われて。米山さんはいいか悪いかはっきり言われる人なんで、それでよかったんだと思いました。
ーーインタビューは介護者と親のみです。
一般人の感覚からして気になることは、映画の中で表現しければならないと思いました。たとえば散歩したり電車にのっているときに叫んでしまう人と同行している介護者は、どんな思いであの時間を過ごしているのか、そこはちゃんと聞いてみたいなと思ったんですね。
カメラとマイクと三脚
ーーカメラは以前から使っているものですか?
2014年から使っているソニーのNX3です。カメラが重いんで、できるだけ三脚は軽くしたいと思って、ダイワのVT-551です。これはさらに前の高尾山を撮っているときから使っています。ただ高さが出ないところだけが弱点で、今回、橋の欄干の上から撮りたかったのにその高さが出なくて困りました。
カメラは高橋さんが勧めてくれたんですが、マイクは付属のものではなく、ロードのNTG1にしました。マイクのところはホルダーにぴったりこないんで、ウレタンをかませ、さらに輪ゴムを巻いています。ワイヤレスのレシーバーはシューにつけると、モニターを開閉することができなくなるので、グリップのところに挟むように固定しています。このあたりはすべて高橋さん譲りのスタイルです。
カメラに対して三脚が弱いのは分かっているのですが、今回の撮影では、高橋さんから意味のないズームイン、アウト、パンは説明になってしまうので極力するなと言われていて。固定するだけであれば、この三脚でいいだろうと割り切りました。
ーー編集システムは?
EDIUSで自宅で行なっています。整音は米山さんにやっていただいていますが、編集でもアドバイスをいただきました。
ーー前回お話をきいた加瀬澤さんもベテランの整音の方に編集の時点でアドバイスをもらったと言ってました。
ドキュメンタリーの監督って、直接に教えを請う機会のないまま監督になっている人は多いと思うんです。アドバイスがもらえるベテランの人となると、最終チェックの整音の方に必然的になってくるのかもしれません。それから私は伊勢真一さんのトーンが好きなので、その伊勢さんとずっとやっている米山さんの意見を聞きたいということもありました。
ーー今後の作品の構想は?
地元の東北を舞台に、ツキノワグマの映画を作りたいと思っているのですが、この人だなというキーマンと出会えていなくて、立ち往生している状況です。イメージとしては60分くらいで、子供が見られるようなもので、アニメーションとか影絵を入れたりして物語にしたいなと思っています。
これからも、自分の関心領域のなかでドキュメンタリー映画を作り続けていきたいと思っています。社会的に目を向けられない存在にカメラを向けていきたいです。
ーー本日はありがとうございました。本当にいい映画ですので、公開が楽しみです。
作品DATA
製作年:2018年
配給:映画「道草」上映委員会
上映時間:95分
オフィシャルサイト
スタッフ
監督・撮影・編集:宍戸大裕
音楽:末森樹 永原元
音響構成・整音:米山 靖
公開情報
2019年2月23日 〜 3月8日 新宿・ケイズシネマ
2019年3月9日 〜 日時未定 名古屋シネマスコーレ
2019年3月23日 〜 日時未定 大阪シネ・ヌーヴォ
2019年3月23日 〜3月29日 京都シネマ
2019年3月30日 〜 4月12日 横浜シネマジャック&ベティ
2019年3月30日 〜 4月12日 静岡シネ・ギャラリー
2019年4月12日 〜4月25日 チネ・ラヴィータ