2月23日より日本でも公開となる映画『逆転のトライアングル』。スウェーデンの鬼才、リューベン・オストルンド監督の最新作であり、昨年の第75回カンヌ国際映画祭では最高賞であるパルムドールを受賞。この記事では同作のポストプロダクションを手がけた、Tint Postのビンセント・ラーソン氏とカラリストのオスカー・ラーソン氏、そして撮影監督のフレデリック・ウェンゼル氏にお話を伺った。

取材・文●荒井幸子

 

『逆転のトライアングル』は、第75回カンヌ国際映画祭の最高賞パルムドールを受賞し、今年のアカデミー賞でも作品賞、監督賞、脚本賞にノミネートされている。スウェーデンのリューベン・オストルンド監督の最新作。

オストルンド監督は2017年に『ザ・スクエア 思いやりの領域』でもパルムドールを受賞しており、同賞を2回連続受賞したのは史上3人目の快挙。両作品でオストルンド監督は、撮影監督のフレドリック・ウェンゼル (Fredrik Wenzel)氏、ポストスーパーバイザーで Tint Post の共同設立者であるビンセント・ラーソン(Vincent Larsson) 氏とコラボレートしている。

『逆転のトライアングル』では、ピクチャーポストワークフロー、コンフォーム、グレーディングにDaVinci Resolve Studioを使用した。同作のポストプロダクションを手がけた、Tint Postのビンセント・ラーソン氏とカラリストのオスカー・ラーソン氏、そして撮影監督のフレデリック・ウェンゼル氏にお話を伺った。

 

『逆転のトライアングル』予告編

あらすじ:今年のカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した『逆転のトライアングル』は、スーパーリッチの世界を風刺した作品。ファッションモデルのセレブカップル、カールとヤヤは、マルクス主義の船長(ウディ・ハレルソン)が経営する豪華クルーズに招待されるが、船は沈没し、生存者は島に残された。何もない極限状態で頂点に立ったのは、サバイバル能力抜群な船のトイレの掃除婦だった。

 

ポストプロダクションを手掛けたTint Post


▲『逆転のトライアングル』でポストプロダクションスーパーバイザーを務めたビンセント・ラーソン氏

 

――Tint Post設立の経緯を教えてください。

ビンセント・ラーソン氏(以下ビンセント):私は以前、ヨーロッパ最大のポストプロダクションのひとつでポストプロダクション・スーパーバイザーとして働いていました。そこで働いているうちに、仕事のやり方をもっといい方向に変えられるんじゃないかと考えるようになりました。小さなポストプロダクションだと、大抵、プロジェクトを進行するうえでも小回りが効き、より柔軟性があります。私が『ザ・スクエア 思いやりの領域』(2017)で試みたのはそういったアプローチでした。そして、そのやり方を踏襲してTint Postを設立しました。

 

――この作品を共同プロデュースしていますが、そうなったきっかけを教えてください。

ビンセント:リューベンとは2016年に『ザ・スクエア 思いやりの領域』を撮り始めた頃からの付き合いです。ざっくり7年くらいですね。その映画でポスプロに携わったことで、今回の作品にも関わることになりました。

 

カラーグレーディングはDaVinci Resolve、Fusionも活用

――グレーディングをDaVinci Resolveで行なったとのことですが、Tint Postでは他のグレーディングシステムも使っていますか?

ビンセント:Tint PostではグレーディングにはDaVinci Resolveのみを使っています。これは弊社のカラリスト、オスカー・ラーソン、アレックス・ランクィスト、ケイサ・キアトゥが愛用しているシステムだからです。DaVinci Resolveのワークフローと柔軟性、そしてカラーツールはずば抜けて優れています。Baselightも検討して、そちらのソリューションも良い面がありましたが、カラリストたちが使い慣れていてMacベースの環境で使えるのでDaVinci Resolveが選ばれました。

『逆転のトライアングル』では、かなり進歩的なワークフローを採用しています。Fusionを使ったショットも多く、DI(デジタルインターミディエイト)作業は膨大でした。DaVinciが進化していたことは、このプロジェクトを完成させる上でも大きな助けになりました。

 

▲カラリスト、オスカー・ラーソン氏

 

カラリスト、オスカー・ラーソン氏のキャリア

――Tint Postのカラリストになったきっかけは?

オスカー・ラーソン氏(以下 オスカー): 2010年にストックホルムのChimney Pot(現Edisen)で、VFXアーティスト(Nukeコンポジター)としてインターンシップを開始し、2年間VFXのトレーニングを受けました。当時20歳だったんですが、この業界で働きたい強く願っていました。

Chimney Potに入社して数年後、大きな明るいモニターと、ふたつのグレーディング室で作られている美しい映像に興味を持ち始め、当時そこで働いていたリードカラリストに話を聞くようになりました。カラリストのエドワード・ネグジーマッツ・ホルムグレンには、クライアントが帰った後でもよく質問していましたよ。ふたりとも素晴らしいカラリストであり、今でも多くのインスピレーションを与えてくれる存在です。

しばらくして、私は小さなミュージックビデオやお金にはならないけどやりがいのあるプロジェクトのために、夕方や週末にグレーディング室で仕事をするようになりました。

その1年後くらいにエドワードがChimney Potを去り、突然その穴を埋めることになりました。 私はグレーディングが好きになっていたので、その仕事を引き受けました。Chimney Potでは5年在籍して、そろそろ新しいことをする時期だと思った頃に、友人3人とTint Postを始めました。

 

――長編映画以外では、どのような案件をグレーディングされていますか。テレビCM、ミュージックビデオ、企業ビデオなどもグレーディングされているのでしょうか?

オスカー: 長編映画は、実は私のメインの仕事ではありません。コマーシャルが多いですね。コマーシャルの仕事は、バリエーションに富んでいて、毎日、新しいチャレンジがあったりや新しい人と仕事ができるので大好きなんです! でも、テレビ番組や映画、ドキュメンタリーの仕事も大好きですよ。

 

――他のグレーディングシステムを使用したことはありますか?それとも最初からDaVinci Resolveを使ってグレーディングを学ばれたのですか?

オスカー: 私がChimny Potで働き始めた頃、実はNucoda Film Masterを使っていました。当時は本当にすばらしかったし、プレシジョンパネルは今でもお気に入りのパネルです。とても懐かしいです。Nucodaを3年ほど使った後、DaVinci Resolveに移行しました。Tint Postでは最初からDaVinciを使用していました。

 

――撮影監督であるフレドリックとは、他のプロジェクトでも一緒に仕事をしたことがありますね。彼との仕事はいかがでしたか?

オスカー:  はい! フレドリックのことは大好きです。以前にもいくつかのコマーシャルや、ルカ・グァダニーノ監督のテレビ番組「We Are Who We Are」で一緒に仕事をしたことがあるんです。

この番組で30日間、グレーディング室でフレドリックと一緒に過ごしたことで、お互いのことをよく知ることができましたし、色という主観的で抽象的なものを扱うときにとても重要な共通言語を身につけることができたと感じています。

彼は、カラーグレーディングのアプローチにとても優れていて、常にその作品にとって何がベストかを考え、撮影した素材に映っていないものを無理に作ろうとはしません。映っているものを可能な限り美しく、リッチなものにすることに注力します。

 

 

撮影監督とカラリストで撮影用のLUTを作成

――この作品のルックはどのように決まりましたか?

フレドリック・ウェンゼル氏(以下、フレドリック):
『逆転のトライアングル』のルックに決まりはありませんでしたが、オストルンド監督と私は、エルジェ(ベルギーの漫画家)の「タンタンの冒険」をイメージしていました。そのイメージは原型的なものです。つまり島は島になり、救命ボートは救命ボートになる。これは映画全体に適用されたアプローチでした。無人島に住む人々という100%リアルなシナリオを作ることではなく、観客がその前提を受け入れるのに十分なスイートスポットを見つけることが重要だったんです。

この作品は、ARRI ALEXA Mini LFとZeissのSupreme Primeシリーズを使って撮影しました。DJIのジンバル、Roninも広範囲に使っています。撮影は2020年に85日間かけて行いました。その前にカラリストのオスカーとカメラテストをして、撮影時に各スタッフがモニタリングするためのLUTを作成しました。

 

▲撮影時に使用したLUT(ARRI K1S1をアレンジしたもの)とカラーグレーディング後の映像

 

オスカー:ARRI K1S1(ARRIのRec 709LUT)のコントラストを少し調整し、シャドウとハイライトの色温度を少し変えて、LUTからより多くのカラーセパレーションを引き出すことにしました。基本的にはそれだけです。(フレドリックは)現場で、この1種類のLUTを使って撮影していました。彼がいい仕事をしてくれると分かっていたので、最終的なルックに近いものができると思っていました。実際、彼も撮影されたものに満足していて、何か問題があって「救済」しないといけないようなシーンはありませんでした。監督が2年間(!)も編集しているような作品では、LUTが最終的なルックに近い見た目になってることは、特に重要でしたね。

撮影が進むにつれ、いくつかのキーショットを使ってルック作りのための実験をしました。色に制約があったり、プリントを模倣した空間に押し込められたり、グレインやコントラストが強すぎたりするのは避けました。「無理にフィルムっぽく見せようとしている」ようにはしたくなかったんです。多くの人が現実世界はシネマティックではなく、美しくないと考えていると思いますが、衣装やフレーミング、ブロッキング、照明などの要素を含め、きちんと撮れていれば制約の多い「フィルム風」のルックに頼らなくてもいいんです。フィルムルックの良さとそれをデジタルで再現するところのいいとこ取りのバランスが大事でした。

 

映画の正しいトーンを見つけるためにDCTLが役立った

――ルックに対して監督からのリクエストはどのようなものでしたか?

オスカー:オストルンド監督から映像に高級感を出してほしいとリクエストされました。そこで、グレーディングに派手なエフェクトや、見る人の気が散ってしまうような、安っぽく見えたり、強引に見えるようなものは使わないようにしました。デジタルネガを、リッチで、カラフルで、魅力的にする、しかしそれが大げさにならないよう、自然に見せることがすべてでした。

この映画の正しいトーンを見つけるための鍵は、色、特に赤の正しい濃度を見つけるのを助けてくれるDCTL(DaVinci Color Transformation Language*)でした。色を強く出したかったのですが、デジタル的に飽和したような状態にはしたくなかったんです。この映画には救命胴衣や日に焼けた肌がたくさん出てくるのですが、主人公のヤヤとカールが甲板で日光浴をしているシーンの肌色には特に満足していますね。

*CTLはAMPAS(映画芸術科学アカデミー)が管理する色変換のためのスクリプト言語

 

――通常のLUTと比較して、DTCLを使用するメリットを教えてください。DTCLはよく使われるのでしょうか?

オスカー:私は、テクノロジーは大好きなのですが、そこまでテクニカルなタイプではありません。それを踏まえてお話すると、私にとっては、DCTLとLUTは全く異なる用途で使っています。私にとってのLUTは、より広範で、ツールというよりプロジェクトの骨組みとして使うことが多いです。DCTLは、他のカラーツールと同じように、どちらかというとツールです。例えば、色相カーブをよりソフトにしたDCTLを使っています。また、色を明るくすることなくサチュレーションを上げるようなものもあります。

 

――撮影監督として、オスカーさんにどのようなリクエストをしましたか?

フレドリック:過去の作品の経験で、長いグレーディングセッションの後に、グレーディング室の暗闇から抜け出すと、外の世界が信じられないほど豊かで、変化に富み、広大で、混沌としていながら調和していることに気づかされるんです。そして、またグレーディング室に戻って、そんな素晴らしい色たちを減らし、小綺麗にし、磨き上げ、単純化しようとすることに憂鬱になります。だから、オスカーに今回は、(色を)減らすのではなく、私がグレーディング室から出た時の現実世界のリッチさを保とうと言ったんです。

オスカー:どのシーンでも、パワーウィンドウを通して視聴者の視線を誘導すること注力しました。オストルンド監督の作品ではいつもそうなのですが、どのショットもいろいろなことが起こっているので、それら演技が観客に伝わるようにしなければなりませんでした。個人的には、島で撮影された昼間のシーン、生い茂る緑の植物の中の衣装やプロダクションデザインの色彩に満足しています。

 

――ビンセントさんは本作のVFXプロデューサーでもあるそうですが、VFXのワークフローについてお聞かせください

ビンセント: VFXの作業に関しては、ふたつのアプローチがありました。ブルーバック、爆発、3Dアセットなどの計画的なVFXは、VFXスーパーバイザーのピーター・ヨース(Peter Hjorth)と協力してCopenhagen Visualsに依頼し、編集を通じて発展するオフラインのエフェクトに関しては、Plattformのルードヴィッヒ・カレン(Ludwig Källén)が社内で行いました。

 

DaVinci Resolveのなかで役立った機能は?

――DaVinci Resolveの機能で特にこの作品で重宝したものがあれば教えてください

オスカー:このプロジェクトは、最初から非常に技術的なものでした。ほぼすべてのショットに複数のビデオトラックがあり、素材は全てARRIRAWでした。それを再生するために、Tint Postのチームはメディアの最適化や Render in Place 機能などを使いました。Render in Place機能*は本当に助かりました!

*すべてのエフェクトやグレーディングが適用された状態でクリップがレンダリングされる機能。その新しいクリップは好きな場所に保存でき、自動的にメディアプールに追加される。

メディアの最適化、Render in Place、デフリッカーやパッチリプレイサーなどのOFXエフェクトを含め、DaVinci Resolveの機能のおかげで、この作品を時間内に完成させ、私たちが求めていた品質のレベルに仕上げることができました。VFXチームにショットを送るのに十分な時間がないこともあり、グレーディング室でこれらのツールを利用できるのは本当に貴重です。

――監督はずっとグレーディングセッションに参加していましたか?

オスカー:この作品はMA、グレーディング、一部の編集が同時に行われていて、監督はドイツとスウェーデンを行ったり来たりしていました。そのおかげで、監督がグレーディング室を訪れるたびに、色を客観的に見ることができたようです。正直、ずっと作業していると色が少し暗すぎるかな、とかちょっと冷たすぎるかな、判断しづらくなることもあります。彼の直感はとても説得力があって、作業を進める上で大いに役立ちました。

 

●映画『逆転のトライアングル』公式サイト
https://gaga.ne.jp/triangle/

●映画でも使われたブラックマジックデザインDaVinci Resolve(無料版もダウンロードできる)
https://www.blackmagicdesign.com/jp/products/davinciresolve