アカデミー賞脚色賞を受賞!フランシス・マクドーマンドやブラッド・ピットがプロデューサーに名を連ね、サラ・ポーリー監督・脚本で贈る、映画『ウーマン・トーキング 私たちの選択』。「赦すか、闘うか、それとも去るか――」本作は未来のための決断を迫られた女性たちの物語である。撮影監督として、共同体的な映画作りの現場に参加したリュック・モンテペリエさんに撮影の舞台裏を語ってもらった。
取材・文●編集部 伊藤
『ウーマン・トーキング 私たちの選択』(6月2日より公開)
2010年、自給自足で生活するキリスト教一派の村で起きた連続レイプ事件。これまで女性たちはそれを「悪魔の仕業」「作り話」である、と男性たちによって否定されていたが、ある日それが実際に犯罪だったことが明らかになる。タイムリミットは男性たちが街へと出かけている2日間。緊迫感のなか、尊厳を奪われた彼女たちは自らの未来を懸けた話し合いを行う―。
撮影監督リュック・モンテペリエ
20年以上のキャリアを持つシネマトグラファー。サラ・ポーリー監督とは長年の仕事仲間であり、タッグを組むのは本作が4本目。過去には『アウェイ・フロム・ハー君を想う』、『テイク・ディス・ワルツ』といった作品の撮影を担当している。
作品の中で意識したのは、女性たちが自分たちの手で決断を下すことへの重みが伝わるようなビジュアル作り
――ポーリー監督とはこれまで何作も一緒に仕事をされていて、映画のアイデア段階から相談を受けていたそうですね。脚本ができてから何度も話し合いを重ねたそうですが、そこでは主にどんなことを決めていったのですか?
サラと組むときは、作品ごとにそれぞれユニークなアプローチを取っています。まずは作品ごとに「作品の言語」を2人で決めていくことになります。
多くの場合、第1稿か2稿めくらいでサラは僕に脚本を渡してくれます。そこから物語の転換点や方向性などについて、サラからさまざまな指示が付け加えられます。その指示は非常に抽象的な場合もあるし、具体的な場合もあります。
今回監督が特に意識したのは、女性たちが自分たちの手で決断を下すことへの重みがきちんと伝わるようなビジュアルを作ることです。それが作品の中で一番意識したことです。
そのため企画段階で早々に叙事詩的でクラシックな仕上がりにすることを監督と相談して決めました。全体として、エピックで壮大なものをという方向性でいくことにしました。
映画の元となった原作を読むと、ある一箇所で物語が展開されるので非常に舞台的な印象でした。しかし、今回映画にするにあたっては、なされている会話の内容やこの物語を適切にビジュアル化したかったので、例えば今までさまざまな男性監督たちが描いてきたクラシックなハリウッド映画とは異なる仕上がりをフレームごとに意識しながら撮っていくことにしました。
メノナイトの人々の姿を捉えた写真集からルック作りの着想を得る
――作品は落ち着いた彩度の低い色調のルックにまとまっていますが、それも早い段階で決められたのでしょうか?
ルックに関しては監督と一緒に話し合い、撮影を進めていきました。実は、サラは当初、この作品をモノクロで撮影をする考えだったようです。というのも、彼女がメキシコとカナダのメノナイトの人々の姿を捉えたラリー・タウェルさんの写真集に影響を受けていて、(写真集と同じようにモノクロの)イメージでという意向がありました。
そのメノナイトの写真集の素晴らしいところは、あまり写真を撮られることを好まない人たちをそれでも写真に収めているところだと思います。非常に美しい情景を捉えており、かつすごく感情豊かに捉えられている稀有な写真集だと感じています。あのようなスチール写真集の素晴らしいところは、見る側に物語を語らせるところです。そういった経緯があり、当初サラはモノクロでの撮影を考えていたようです。
色調を抑えたルックに込められた意図
――そこからカラーで撮ると決まるまでのルック作りの過程などを教えてください。
話し合いを進める中で、いざモノクロで撮ることにしてしまうと、映画自体が「遠い昔の物語」になってしまいかねないという懸念が出てきました。そこで最終的には、ある時代のまま時が止まってしまっている社会の雰囲気を出しつつ、時代を特定できないような仕上がりにしたいということになりました。
さらに、この作品は現代においても非常に重要なテーマを描いており、「今の話ではない」「現代に生きる私たちは関係ない」という印象を与えることを避けたかったので、間を取って非常に落ち着いた、色調を抑えたルックに行きついたのです。
もうひとつの理由は、映画のストーリーが48時間後に男性たちが戻ってくるまでに決断を下さなければならないということで、時間の経過を光の移り変わりなどで観客に伝えるようにしなければいけなかったからです。そのために色を調整できるようにしたかったというのもあります。モノクロだと時間の経過を表現することが難しくなるのでカラーにしました。
ルックを決めていくなかで意識したのは「ゴシック感」を出すことです。物語の中心は納屋で行われている会話ではありますが、大聖堂や会堂といった場所で話し合っているかのような壮大さを出したいという意図もありました。
というのは、映画のなかの女性たちはこれから大きな決断をして、そして自分たちの未来や歴史を書き換えていくんだという物語なので、そのスケールの壮大さを語っていきたかったのです。
そのためセットデザインや美術班においても、大聖堂のようなイメージを大事にしていきたいということになり、カラーではありますが絵ハガキのようなやや色褪せたイメージを最終的には出していくことにしました。
そのほかに、彼女たちが生きている社会や彼女たちが抱いている信念をジャッジしたくないということもありました。彼女たちが抱いている信念や信じている神はとても美しいものです。彼女たちは子どもたちの未来も考えて神を信じています。その美しさを表現するためにあえてカラーにしました。
今回のようなルックは、鮮やかではなくどちらかというと色褪せている印象もあるので観客には少し負荷がかかります。ある意味で不快な思いをさせる仕上がりになっているんですよね。でもそれもまた意識的にやっていることです。
アスペクト比2.65のMGM 65によって実現したシャープかつクラシカルな映像
――ルックだけでなく、今回は通常よりもワイドなラージフォーマットを採用していますよね。それはなぜでしょうか?
最初は普通のアスペクト比2.35のアナモフィックレンズで撮影を進める予定でしたが、さまざまなレンズを実験してみて、そこで映し出されたイメージを見た時にこれはいけるかもしれないということで僕の方からサラにこのフォーマットを提案しました。
幅の広いネガを使うことで、映像がとてもシャープかつクラシカルに仕上がるんです。これまでお話ししたように作品に叙事詩的な雰囲気を出したかったので、最終的にこの規格を採用することになりました。
それにより、たとえば今回のような納屋のシーンであっても5、6人のアップをひとつのフレーム内に収めつつ、ひとりひとりの表情をしっかりと撮ることができました。それだけでなく、屋外で子供たちが遊んでいるシーンも充分に美しく捉えられました。
――撮影に使用した機材を教えてください。
カメラはパナビジョンDXL2を使っています。これはRED MONSTRO 8K VVセンサーが搭載されているもので、8Kで撮影しています。このカメラを使うと非常にシネマティックな映像を撮ることができます。
レンズは準備段階でアナモフィックレンズをいろいろと試しました。そこで行きついたのがパナビジョンのUltra Vistaというレンズです。
使ったのは1950年代から使われているMGM 65のアナモフィックレンズをリハウジングしたレンズです。MGMのレンズのうち、現在使われているカメラと一緒に使えるのは世界で7、8セットぐらいしかなく、そのうちのひとつを使わせてもらいました。
そのような機材の組み合わせによって、先ほど話したアスペクト比2.76の通常よりもワイドな比率の撮影を実現しました。2.76:1の画角でも情報が失われない状態で撮像することが可能で、同時にエッジはソフトなタッチに仕上がって映画的な表現をすることもできました。今回はクラシックで古典的なルックを狙っていたのでこのシステムがとても適していました。
作品は劇場だけではなく、いろんなプラットフォームにも適用できるように、最新技術と古くからある撮影手法をうまく組み合わせて撮影をしたのです。
――レンズの焦点距離はどんなものを使っているのですか?
焦点距離は、35mmから180mmまでの単焦点レンズを計8種類使用しました。そのほかに、25-250mmのPRIMO ZOOMも使っています。全編2カメで撮っているので、それぞれの焦点距離のレンズを2セット必ず用意していました。
集団でのもの作りは「常に学びがある」
――今回は、撮影現場でも上下関係をなくし、チームワークを重視した体制で撮影が行われたそうですが、そのような環境下での制作はいかがでしたか?
今回に限らずサラのスタイルとして、共同体的な集団として映画作りをするという特徴があります。どんなアイデアをぶつけてもオープンに対応してくれ、聞き入れてくれるのです。ひとりの撮影監督としてそのようなプロセスの中に組み込まれるのは非常にレアケースだということもあり、僕としてはとてもやりやすい環境でした。
そのような理由もあり、僕は長年サラと一緒に仕事をしてきました。サラは作品作りのための安全な環境を提供してくれるので、自分としてもいい仕事ができます。もちろん最終的には監督である彼女が決定を下していくわけですが、「いろんなオプションがあってもいいね」という前提で進めてくれるんです。
なかには自分のエゴが邪魔して、いろんな人の意見を吸い上げながらやっていくことができず、「これが自分のやり方だ」というタイプの人がいて、作品がおかしな方向へ陥ってしまう現場がなきにしもあらずなのが現状です。ただ、それではもったいないと思うので、僕はサラのやり方をとても支持しています。
サラとの現場は、クリエイターとして創作の自由度があり、ある種解放された環境下で撮影に臨むことができるので、こちらも安心していろんな提案ができます。こうやって彼女と組んでいる作品は、自分の職業人生の中でもベストな経験になっていると感じています。
今回の現場は、性暴力といった題材を扱っている映画なのでなおさら進め方が大事だという意識もあったようです。キャストにしても、舞台裏で制作にあたるスタッフにしても、いろんなことを経験してきた人が働いています。この現場では制作に携わるなかで、何かトラウマが再発したりする可能性もあるかもしれないので、製作陣がセラピストをきちんと雇ってくれて、必ずセットに常駐してくれるようにしていました。そういう人たちがひとつの役職として現場に配置されていることは、こちらとしてもすごく安心感がありました。
まさに「人生が芸術を模倣する」ではないですが、まるで劇中の女性たちが一緒に話し合って物事を決めていったのと同じように、僕たちも話し合いや意見交換を経て物事を決めていったので、描く内容とポジティブに響き合う形で作品を作っていくことができました。
集団でのもの作りは「常に学びがある」ということでもあり、それはアーティストとしてもフォトグラファーとしても非常に充実した経験となりました。そういうもの作りのアプローチが僕は好きですね。
【スタッフ】
監督・脚本:サラ・ポーリー、原作:ミリアム・トウズ、製作:デデ・ガードナー、ジェレミー・クライナー、フランシス・マクドーマンド、製作総指揮:ブラッド・ピット、リン・ルチベッロ=ブランカテッラ、エミリー・ジェイド・フォーリー、撮影監督:リュック・モンテペリエ、美術監督:ピーター・コスコ、編集:クリストファー・ドナルドソン、衣装デザイン:キータ・アルフレッド、
音楽:ヒドゥル・グドナドッティル
【出演】
ルーニー・マーラ、クレア・フォイ、ジェシー・バックリー、ベン・ウィショー、フランシス・マクドーマンド ほか
【DATE】
配給:パルコ ユニバーサル映画/2022年/アメリカ/カラー/スコープサイズ/英語/104分/映倫区分:G
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◉公式サイト
https://womentalking-movie.jp/
同作は、作中で性暴力・性的被害を扱っている。作中に直接的な性暴力描写はないが、フラッシュバック等の恐れがある方はご注意ください。