レポート●角 洋介
2021年前半の長期間、Vazenのアナモフィックレンズ3本とZ CAM E2 M4をお借りし、作品制作にて使用する機会をいただきました。
具体的には以下の機材をお借りしました。
・Z CAM E2 M4 (MFTシネマロックマウント)
・Vazen 28mm T2.2 x1.8 MFT (フィルタースロッド77mm、フロント径80mm)
・Vazen 40mm T2.0 x1.8 MFT (フロント径90mm)
・Vazen 65mm T2.0 x1.8 MFT(フロント径90mm)
・Nitze Z CAM専用ケージ
期間中にMV2本、映画2本の撮影で使用しました。
▲ZCAM Vazen 28mm
▲ZCAM Vazen 40mm
▲ZCAM Vazen 65mm
①MV「痛い」/ 秀吉
監督:飯塚花笑
②映画「世界は僕らに気づかない」
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000291.000041036.html
監督:飯塚花笑
③MV「叫び」/ AMENOMANI2
監督:角洋介
④映画「ブラックホールに願いを!」
監督:渡邉聡
※Z CAM, Vazenの使用は一部シーンのみ
アナモフィックレンズで撮る
ここ数年で、VazenをはじめSLR Magic、Atlas Orion、Siruiなど比較的安価なアナモフィックレンズが増えて来ました。それまでは非常に高価なレンズで、特に個人がおいそれと使えるレンズではありませんでした。
そもそもアナモフィックレンズとは、収録時に横方向に画像を圧縮して収録し、映写時に逆方向に引き延ばすことで同じフィルム面積でより広範囲を映すことができる、映画をはじめとした大型映像においてより効果的な手段として開発され、シネマスコープという規格が生まれました。
しかし、スマートフォンで映像を視聴することも多い昨今、いわゆるシネスコの横長の映像は横に広いのではなく、上下に黒帯が入った状態で見ることになり、むしろ狭く感じてしまうこともあります。
それでも“アナモ”には特別な響きがあって、多くの映像制作者が憧れをもっているのではないかと勝手ながら推察します。個人的にも、漠然とした憧れがありました。
それを今回、色々と試すことができてアナモの良さ、活きるところが僅かながら見えて来たように思いますので、記録として残しておきたいと思います。Z CAMのみについても言及しています。
フレアとボケ
上記のように実用的な意味でのアナモの役割はより横方向に広い画を得ることですが、副次的な要素として、
・横に青く伸びるレンズフレア
・光源の楕円形のボケ
が挙げられるのではないかと思います。
個人的にもそれが楽しくて、隙があらば画にそれを入れようとしてしまいました。ロマンですね。
しかしVazenのレンズを使ってみて、これらよりも目立たないながら感嘆したのは、ボケのなだらかさです。ピント面は非常にシャープでありながら、前後は実に美しくボケます。マイクロフォーサーズのセンサーで被写界深度は比較的深いのですが、明らかに被写体が浮き出てみえます。Z CAMのスキントーンの美しさと相まって、人物の描写が実に素晴らしいと感じました。
これまでの安価なアナモレンズ、ないしアナモフィックアダプターではどうしても柔らかい印象、厳しい言い方をするとピントの甘さを感じました。機材提供してくださったSalon Filmsのアンディ氏からは、このレンズの良さは“硬い描写”であると伺いました。それは間違いないとは思う一方で、柔らかい描写をも内包しています。
歪み
特に28mmでは周辺はかなり湾曲します。正確な描写が求められるシーンでは合わないであろうと思いますが、表現としては非常に面白いのではないかと思います。
アナモフィックの倍率
Vazenのレンズはx1.8の倍率です。これの意味するところは、レンズを通して像を横方向に1/1.8圧縮する(編集時に1.8倍引き延ばすことで正常な画に戻す)ということです。アナモレンズの圧縮率は2倍、1.33倍などレンズによって異なります。圧縮率が高いほどよりアナモレンズならではの描写が強調されます。
Z CAMのMFTセンサーで4:3で収録すると、7.2:3=2.4:1のアスペクト比が得られます。VazenとZ CAMの組み合わせが素晴らしいのは、Z CAM自体にx1.8のデスクイーズ機能があり、それが外部出力も出来るという点です。
例えばGH5はx2.0の選択肢しかなく、モニタリング時にやや横に潰れたように見えてしまうし、外部出力には反映されないのでモニター自体にデスクイーズ機能がないと正確なモニタリングができません。また、所有しているBlackmagic Video Assist 12G 5”も、デスクイーズ機能自体はあるのですが選択肢が、x1.33、x1.66、x2.0の3択となっています。
焦点距離
28mm、40mm、65mmの3本を表現として広角、標準、望遠に使い分けました。基本的にはこの3本で撮影できなくはないですが、100mm前後と18mm前後くらい、望遠域と広角域にそれぞれもう一本ずつレンズがあれば良いなと思います。
アナモレンズの焦点距離の感覚はやや厄介なのですが、フルサイズ換算で考えると
横方向の画角はおおよそこの感覚となります。縦方向の画角は元の焦点距離を2倍で考えます。
絞り値はT値で28mmはT2.2、40mmと65mmはT2.0とアナモレンズとしては驚異的な明るさです。Z CAM E2 M4はデュアルネイティブISOを採用していることもあり、露出不足に困ることもありませんでした。ネイティブISOは500と2500です。
フィルター
28mmはねじ込み式のスロッドがあるので手持ちの円形フィルターで対応できたのですが、40mm、65mmのフロント系は90mmなので、マットボックスと角形フィルターが必須です。ZCAM E2 M4に内蔵NDはないので、フィルターワークはやや手間となってしまいます。
フォーカス
シネマレンズらしく回転角が大きいので、フォローフォーカスが必要です。回転はスムーズで非常に送りやすいです。上記4作では全て自分で送ったのですが、フォーカスプラーが前提だろうと感じます。ブリージングもほとんど感じませんでした。
また、どのレンズも至近距離がやや遠いため、もう一歩寄りたいというところで寄りきれませんで
した。クロースアップを撮るにはプロクサーを用意する必要がありそうです。
シネマロックマウント
Vazen40mm、65mmはマイクロフォーサーズのレンズとしては非常に重いため、通常のMFTマウントでは強度に不安があります。レンズサポートを使用する手もありますが、今回はマウント自体をシネマロックマウントに付け替えました。六角レンチを使って1~2分ほどで簡単に付け替えることができます。PLマウントのようにガッチリとロックするので、これら重いレンズでも問題なく安定して使用することができました。
一方で、METABONESのSpeed Booster MFT -EF x0.64を装着しようとしたところ、シネマロックマウントでは使用できませんでした。その他MFTネイティブのレンズは問題なく装着できました。
ローリングシャッター
横方向に1.8倍ということは、ローリングシャッターも1.8倍強調されてしまいます。特に望遠域の65mmではローリングシャッターの歪みが顕著でした。早いワークや激しい手ブレは避ける必要がありそうです。
収録について
どの作品でもZ CAMにUSB-CでSSDを接続し収録しました。メディアとしては安価であるものの、やはりケーブルが露出していると断線などの事故の可能性など余計な心配が増えるため、可能であればCfast2.0で収録した方が良さそうです。
また、SSDの速度が問題なくとも、ケーブルの速度も対応しているかの確認が必要です。速度が足りてない場合は、収録を始めて数秒で録画が停止します。
収録形式はZ Raw、Prores HQ~LT、H.265などが選べますが、解像度やfpsでそれぞれ選択肢が変わるのが少々複雑です。特に160fpsなどのハイスピードではH.265しか使えません。
基本的にはH.265(10bit 4:2:0)4Kで収録しましたが、極端にいじらなければグレーディング耐性もある質の良い画が得られました。映像プロファイルはZ-Log2を使用しました。
Z Rawは現状では一度Z CAMの専用ソフトでの現像が必要なため、自身の環境での運用は現実的でないため、今回は試していません。
外部収録でProres RAW収録も可能なようです。Blackmagic Rawにもぜひ対応してほしいなと思います。
ハイスピード撮影
Z CAM E2 M4は120fpsを4K10bitで収録できる点も非常に優位な点です。しかし、残念ながらアナモフィックに適したアスペクト比の3696 x 2772、 3312 x 2760の解像度では60fpsまでしか収録できません。MV「叫び」ではハイスピード撮影も取り入れたかったこともあり、16:9(3840 x 2160)で撮影しています。
スマホ操作
Z CAMのアプリをスマホやタブレットに入れると、モニタリングやメニュー操作をそこから行うことができます。iOSもAndroidも対応しています。Wi-Fiで接続するか、USB-Cから有線での接続になります。外部SSDで収録する際はUSBポートが埋まってしまうので無線での接続のみになりますが、遅延もほぼなく快適に運用できました。
Z CAM自体の物理キーを使うよりも圧倒的に早く設定が変えられ、RECも可能です。基本的に全ての動作をスマホから行うことができます。ヒストグラムやピーキング、LUTなどモニターとしての昨日も充実しています。Timecodeをスマホの実時間と一タップで同期させれるのも便利でした。
場面によってカメラに装着してメニュー操作に使ったり、監督に渡してモニターとして使用したり、狭い場所に仕込んで遠隔でRECを回したり、小規模な現場では特に役に立ちそうな機能です。
電源
Z CAMボディにSony Lバッテリーを装着できます。NP750相当の互換バッテリーで半日以上保ちました。映画「世界は僕らに気づかない」撮影中はVバッテリーからカメラとアクセサリーに給電しましたが、バッテリーのことをほとんど心配することなく1日を終えることができました。
それぞれの作品について
①MV「痛い」 / 秀吉
初めてこのセットで撮影をしました。色々と試行錯誤した一方で、得られたルックはとても気に入っています。ドラマ仕立てのMVだったのもあり、この3本の焦点距離で問題なく撮影ができると確信し、下記「世界は僕らに気づかない」に繋がっていきます。
この撮影時ではマットボックスと4*5.65サイズのNDを用意できなかったので、82mm径のNDフィルターをレンズ前に貼り付けるという荒技で乗り切りましたが、40mmでは少しだけケラれてしまったため、気になるカットではクロップしています。
監督 :飯塚花笑
出演 :篠原雅史 、小堺瑛仁 、村山朋果
②映画「世界は僕らに気づかない」
MV「痛い」でその描写を大変に気に入ってくれた飯塚花笑監督の強い要望もあり、上記の機材で長編映画の撮影を行いました。ほぼ全編全カットを手持ちで撮影しています。多国籍感入り乱れる独特の空気感と、複雑なバックグラウンドを持つ主人公の心情を映し出す上で、Z CAMとVazenのレンズの描写は大いに力になってくれました。
BカメとしてGH5、至近距離のマクロ撮影などごく一部でOlympus 12-40mm/f2.8を使用しています。2021年5月に群馬県で撮影、現在ポストプロダクションが進められています。まだ本編内の画像は公にできませんが、劇場公開を予定しているのでぜひスクリーンでご覧いただけると幸いです。
-あらすじ-
群馬県太田市に住む高校生の純悟(18)は、フィリピンパブに勤めるフィリピン人の母親を持つ。父親のことは母親から何も聞かされておらず、ただ毎月振り込まれる養育費だけが父親との繋がりである。純悟には恋人の優助(18)がいるが、優助からパートナーシップを結ぶことを望まれても、自分の生い立ちが引け目となり、なかなか決断に踏み込めずにいた。そんなある日、母親のレイナ(41)が再婚したいと、恋人を家に連れて来る。見知らぬ男と一緒に暮らすことを嫌がった純悟は、実の父親を探すことにするのだが…。
監督・脚本:飯塚花笑
出演:堀家一希、GOW
撮影(Bカメラ)、撮影照明助手:山﨑みを
作品詳細:
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000291.000041036.html
③MV「叫び」/ AMENOMANI2
Z CAM + Vazen 28mmをDJI RS2に搭載して撮影しました。Z CAMのカメラボディのコンパクト・軽量さに対して、40mm, 65mmは重量もかなりあるので、RS2でバランスは取れませんでした。もう一回り大きなジンバルとカウンターウェイトも必要になりそうです。
ハイスピード撮影をするため、また走り続ける撮影で確実に被写体をフレーミングするため、16:9で収録、デスクイーズして3.22:1の非常に横に長い画を得た後、左右をクロップして2.39:1のシネスコサイズとしました。
手持ち撮影、スタジオでのシルエットの撮影時には40mm、65mmも使用しています。
監督 / 角洋介
出演 / 納葉
④映画「ブラックホールに願いを!」
メインとしてはEVA1とSigma Artレンズを使用していますが、本編で一部印象を変えたいシーン、とある重要な人物の登場シーンでZ CAMとVazenを使用しました。それらシーンをより引き立たせるためにレンズフレアや楕円ボケをいやらしくない程度に狙っています。他にもGH5、BGH1、GoProやiPhone、α7lllなど、様々なカメラが混在しています。
BGH1についてのレポートはこちらです。
https://videosalon.jp/report/bgh1_sumi/
2020年秋~2021年春にかけて撮影、現在ポストプロダクションが進められています。
-あらすじ-
人工縮退研究所の伊勢田みゆきは、 緊張すると声が出なくなる ”場面緘黙症”という疾患を患っており、 職場で孤立していた。ある日伊勢田は勇気を振り絞り、 同僚の吉住あおいに声をかける。 しかし直後に発生した人工ブラックホールを利用したテロ事件により、 吉住は時間の進行が極度に遅くなった加速器中央に取り残されてしまう。もし吉住を救助に行けば、数千、数万年の歳月が経過してしまう。敢行される吉住の救出作戦。そのとき、伊勢田の選んだ行動は。
監督・脚本:渡邉聡
出演:米澤成美、吉見茉莉奈、斎藤陸、濱津隆之、鳥居みゆき
撮影(Bカメラ):板垣真幸、重松賢
作品詳細(クラウドファンディング実施中)
https://motion-gallery.net/projects/project_blackhole
Z CAM・Vazen使用カット(冒頭のみ)
【テスト撮影】
また、上記4作品を撮影する前に、知人の俳優にお願いしてテストを行いました。こちらも何か参考になればと思います。快くご協力いただいたおふたりに感謝です。
出演:新川千華
※00:37~のハイスピードは12-40mm f2.8を使用
出演:渡邊雛子
まとめ
これらの機材を揃えるとおおよそ¥200万…高価とはいえ、アナモフィックレンズとシネマカメラが個人で購入できなくはない値段と考えると破格の存在です。レンズも重量があるとはいえ、MFTのシステムらしくコンパクトにまとまり、取り回しもかなり楽です。理想を言えば、広角域と望遠域にそれぞれ焦点距離をひとつ追加してほしいということでしょうか。
一概にどんな映像でも適しているとは言いきれませんが、特に映画やMVなど独自の世界観を作る必要がある作品ではとても有用なセットだと思います。しばらくはレンタルとなりそうですが、いつかは個人で導入したいと思うくらいにこれらの描写を気に入っています。
今回このようにじっくりと試せる大変貴重な機会をいただき、厚く御礼申し上げます。本当にありがとうございました。
【機材協力】
SALON FILMS
https://www.salonfilmsjp.com/