映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第63回 ニュー・シネマ・ パラダイス


中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『銃』等がある。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』が公開中。abemaTVと東映ビデオの共同制作による『アンダードッグ』を制作中。『全裸監督』シーズン2も制作開始。『ホテルローヤル』は2020年冬、『銃2020』も2020年中に公開予定。

 

 

第63回 ニュー・シネマ・ パラダイス

イラスト●死後くん

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原題: Nuovo Cinema Paradiso
製作年 :1988年
製作国:イタリア
上映時間 :124分
アスペクト比 :ビスタ
監督・脚本・:ジュゼッペ・トルナトーレ
製作総指揮:ミーノ・バルベラ
製作:フランコ・クリスタルディ
撮影 :ブラスコ・ジュラート
編集 :マリオ・モッラ
音楽 :エンニオ・モリコーネ/アンドレア・モリコーネ
出演 :フィリップ・ノワレ/ジャック・ペラン/サルヴァトーレ・カシオ/マルコ・レオナルディ/アニェーゼ・ナーノ/ブリジット・フォッセーほか

シチリア出身で映画監督として成功を収めたサルヴァトーレに、ある日恩人である映写技師のアルフレッドの訃報が届く。30年ぶりに故郷に帰るサルヴァトーレはアルフレッドと過ごした少年時代を思い出す。

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4月7日、東京に緊急事態宣言が発せられた。それから20日が過ぎ、ウイルスは未だ猛威を奮っているようだ。東京では映画館で映画が観られなくなってしまった。

高校を卒業する頃、唯一信用のおける教師が1人だけいた。「東京に行ったら映画がたくさん観られるぞ」と僕にささやいた。交わした言葉はただそれだけだ。計画、目的を持たなかった僕にとっての悪魔の囁きだった。東京での一年目、僕は人生で1番映画を観た。それから34年。次作の撮影も中断され、部屋にこもって編集作業の毎日だ。

 

下高井戸で観た 『ニュー・シネマ・パラダイス』

30年ぶりに『ニューシネマ・パラダイス』を見た。もちろん映画館ではないが、小さな画面でだ。僕は泣いた。声を上げて泣いた。僕はこの映画を大学生の時に、今の下高井戸シネマが下高井戸京王と呼ばれていた頃に観ている。当時は明大前に住んでいたので、歩いて行けた。僕は東京に来て以来、映画館に歩いて行ける場所を住処としている。

シネスイッチ銀座は連日満員だったので、少し遅れて下高井戸で観た。評判の『ニューシネマ・パラダイス』は垣根なしの名作だった。監督・脚本のジョゼッペ・トルナトーレは、これが長編2本目の33歳。一躍世界に名乗りを上げた。

 

いつか子供との映画を撮ってみたい

シチリア出身の映画監督サルヴァドーレが30年ぶりにローマから故郷に帰ってくる。亡くなった恩人の映写技師アルフレードの葬儀に出るためだ。サルヴァドーレは“トト”と呼ばれていた少年時代を思い出す。敗戦直後のシチリアで教会兼映画館の映写技師見習いとして働く映画狂トト少年。映画館名は「パラダイス(天国)座」。

子供のいないアルフレードとシベリアで父を失ったトトのやりとりが楽しい。僕も学生時代、試写会の映写室にフィルムを運ぶアルバイトをした。映写室は神聖な場所のように思えた。映写室から観たスクリーンの思い出は宝だ。

アルフレード役にはフランスの名優フィリップ・ノワレ。子供の時に観た『マーフィーの戦い』のボロ船の船長役が大好きだった。ピーター・オトゥールとUボートに挑んでいく勇姿が忘れられない。

トト役の少年は地元シチリアで見つけたサルヴァトーレ・カシオ少年。彼がシチリアにいてくれて本当に良かった。イタリア映画は子供と大人が一緒に働く場面が秀逸で大好きだ。『自転車泥棒』『靴みがき』『鉄道員』『木靴の樹』『フェリーニのアマルコルド』など。子供時代に戦争を経験しているからなのだろうか、僕の両親はそれら作品群を子供の僕に大いに薦めた。感謝します。僕もいつか子供との映画を撮ってみたい。

 

今ではもう見られなくなった 映画館の風景の数々

上映前の映画を最初に見るのは司祭で、検閲をして映画のキスシーンなどカットしていく。これが映画史上の名シーンばかりなのに驚かされ笑ってしまう。昔も今も、劇場で観客が1番沸くのがエロと暴力シーンなのだ。

劇場のスクリーンにはジャン・ギャバン『望郷』、ヴィスコンティの『揺れる大地』、スペンサー・トレーシー『ジキル博士とハイド氏』、ジョン・ウエイン『駅馬車』チャップリン、フェリーニのお馴染みの作品群…。

僕が東京に来て名画座でつい最近見たばかりの映画の大群がパラダイス座のスクリーンにかかりまくる。『ニューシネマ・パラダイス』にはスターが登場するわけではないが、脇の名優たちが素晴らしいのだ。

映画館で映画を見る人々の顔、顔が素晴らしい。今ではもう見ることができなくなった映画館での風景の数々。劇場で吸う煙草の紫煙、満員の立ち見客、通路に座り込んでの観客、休憩時の売り子の声…。僕も経験した失われた風景が懐かしく、それが丁寧に描かれていて楽しい。

映写中のフィルムの発火事故で劇場は燃え、アルフレードは視力を失う。サッカーくじが当たった成金ナポリ人が『ニューシネマ・パラダイス』を再建する。トトは少年映写技師として劇場を支える。こんな子供は映画監督になるしかないだろう。

 

映画黄金時代の熱気、 そして巣立ちへ

時が流れて、1954年、映画の黄金時代到来。賑わう劇場、野外上映の描写に熱いものが込み上げてくる。大学生トトは8mmフィルムのカメラを回し、恋に上映に大忙しの日々だ。青年はある日何者かになる一歩を踏み出さなくてはいけない。恋を失った青年トトに盲目のアルフレードが、「シチリアを去りローマに行け」と進言する。「2度と帰ってくるな。過去を切り離せ。ノスタルジー(郷愁)に惑わされるな」何者かになるまで帰ってきてはいけないのだ。30年以上前に自分自身に課した決意が蘇ってくる。

駅での別れのシーン撮影が素晴らしい。30年ぶりに、この映画を見た僕に最も熱いものがこみ上げてくる場面だった。エンニオ・モリコーネの名曲が堪らない。大学生に観た時とは別の感情に支配された。大学生の時の僕は、この映画のあまりにも有名なラストシーンとモリコーネの音楽に完全にやられてしまった。映画が好きな人なら誰でもだと思う。観て欲しい。もう一度映画館で観たい。

 

映画が観られない日が来るとは思わなかった…

東京に出てきて34年。あの高校教師の囁きは本当だった。東京に来て、世界中の映画を観ることができた。今まで観られなかった日本映画の名作とも出逢えた。しかし、まさか映画館で映画が観られない日が来るとは誰が予測できただろうか…。

季節が変わり、映画館で映画が観られるようになったら、僕は毎日映画館に通うことだろう。そして久しぶりに故郷に帰ってみようかなとそんな日を心待ちにしている。みなさま、それまでどうかご無事で。

 

VIDEOSALON 2020年6月号より転載