中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『銃』等がある。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』が公開中(『全裸監督』シーズン2も制作中)。『銃2020』が公開中。『ホテルローヤル』は11月13日公開。ABEMAと東映ビデオの共同制作による『アンダードッグ』が11月27日より公開。

第66回 大脱走

イラスト●死後くん

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原題: The Great Escape
製作年 :1963年
製作国:アメリカ
上映時間 :172分
アスペクト比 :シネスコ
監督:フジョン・スタージェス
脚本:ジェームズ・クラヴェル/W・R・バーネット
原案:ポール・ブリックヒル
製作:ジョン・スタージェス
撮影 :ダニエル・ファップ
編集 :ルフェリス・ウェブスター
音楽 :エルマー・バーンスタイン
出演 :スティーブ・マックイーン/ジェームズ・ガーナー/リチャード・アッテンボロー/ゴードン・ジャクソン
/チャールズ・ブロンソンほか

舞台は第二次世界大戦下のドイツ。原作者ブリックヒルの脱出不可能と言われた捕虜収容所から大脱走を描いた小説を『荒野の七人』のジョン・スタージェス監督が映画化。捕虜収容所から総勢250名にも及ぶ集団脱走を描く。スティーブ・マックイーンをはじめ名優たちが集結。

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75年目の終戦記念日を迎えた。毎年8月15日は戦争映画と共にしている。先の大戦で命を絶たれた人は諸説あるものの8000万におよぶとも言われている。戦争映画はその悲劇と反省を描くべきだと考えている。

先日、週刊文春に第二次世界大戦を描いた洋画を10本選んで紹介した。僕は幼い頃から戦争映画を観てきた。両親が戦争を体験していることも影響している。50本選び、10本に絞った。その10本の中でなぜか悲壮感を感じさせない作品が『大脱走』だったことに気づいた。僕はこの映画を未見な人に出会ったことはあっても、この映画を観て、面白くないと言っている人には出会ったことがない。

僕が最初に『大脱走』を観たのは1978年5月5日と12日「ゴールデン洋画劇場」の前編、後編だった。最初にスクリーンで観たのは大学時代。文芸坐で堪能した。

マックイーン演じるヒルツ大尉にハートを鷲掴みされた

ノルマンディー上陸作戦2日前、ポーランドのドイツ軍捕虜収容所から英国空軍捕虜76名が脱走して、50名がゲシュタポに捕らえられ処刑された。3名のみが脱走に成功したという史実を『荒野の7人』で勢いに乗る名匠ジョン・スタージェス監督が温めてきた企画を400万ドルの製作費と名優達を集結させ、映画化した。20世紀の映画遺産だ。『荒野の7人』の3人、スティーブ・マックイーン、チャールズ・ブロンソン、ジェームズ・コバーンが名匠の元に再集結した。

中でもマックイーンが演じたバージル・ヒルツ空軍大尉に僕のハートは鷲掴みされた。僕の実家の玄関に盗んだバイクでスイス国境を突破しようと目論むバイクにまたがったポスターが飾ってあった。不屈の闘志というものを小学生の僕に教えてくれたのがマックイーンだった。

映画冒頭、エルマー・バーンスタインの「グレート・エスケープ(大脱走のマーチ)」のテーマが鳴り響き、ドイツの美しい風景の中、英国空軍捕虜達が新設された第三捕虜収容所にトラックで到着する。

到着するやいなや捕虜達の目つき、行動から彼らがただの捕虜でないことが窺い知れる。監視塔の位置、鉄条網から森までの距離などを確認している無数の捕虜達の中に、ブロンソンやコバーン、マックイーンの顔が紛れている。

ドイツ軍を悩ませる札付きの脱走屋の捕虜達を一同に集め監視するために収容所が新設されたのだ。早速脱走を当たり前に試みるコバーンや、ブロンソン、マックイーンらがコミカルに描かれていて可笑しい。ドイツ軍側も手練れが集められているので水際で外には出させない。

懲りない面々の不屈の魂

懲りない面々を紹介していくスタージェス監督の手腕が素晴らしい。我らがマックイーンは3人しかいないアメリカ人の設定で英国人達と違って一匹狼の傍若無人な言動が楽しい。脱走17回、ここに来る途中トラックから逃げ出したのを入れて18回だとうそぶくヒルツは就任したての所長ルーガ空軍大佐に逆らって独房送りにされる。

独房に向かうヒルツにバーンスタインのテーマが鳴り響き、この映画のテーマが刷り込まれる。グローブとボールを持って独房の中で壁打ちするヒルツに憧れた。独房王(クーラーキング)ヒルツ大尉の不屈の魂は10年後の『パピヨン』のラストシーンでマックイーンが昇華してくれた。だから映画は素晴らしい。

僕はナチス嫌いのドイツ空軍ルーガ所長が好きだ。捕虜代表のラムゼイ大佐から捕虜達の履歴書を見せられ「正気の沙汰ではない、頼むから大人しくしていてくれ」とぼやく。ラムゼイ大佐が「空軍軍人捕虜は脱走するのが義務だ」と涼しげに返す。その通りだとつい頷いてしまう所長。

リチャード・アッテンボローが演じる、脱走屋の最後の大物“ビッグX”ことロジャー・バートレット少佐が到着する。ゲシュタポに拷問を受けたらしい傷が顔に残る。指導者との再会に息巻く脱走屋の教え子達と共に250名の大脱走を立案するロジャー。

マックイーンの次に僕ら小学生に人気があったのがリチャード・アッテンボローだった。いつかビッグXのような指導者になりたいと思った。僕の大好きな『遠すぎた橋』を監督としてこの世に遺してくれたのはこの作品と繋がる部分が大きいと考える。「組織作りとトンネル作業が私の生きがいだった、今思うと幸せだった」のセリフを思い出すたびに胸が熱くなる。情報屋、偽造屋、分散屋、調達屋、測量屋、仕立て屋、警備屋、陽動屋、製造屋…名優達が脱走のエキスパートとして描かれていく。

トンネル堀り、トンネルキングのブロンソンは炭鉱夫の経験が生きた。盲目の偽造屋コリン・ブライス役のドナルド・プレザンスは実際捕虜経験者だった。調達屋のヘンドリー役のジェームズ・ガーナーは朝鮮戦争で軍の調達役の経験があった。偽造屋コリンと調達屋ヘンドリーの場面は心に残った。「俺が側にいれば君は盲人ではない」のヘンドリーの言葉は忘れない。

脱走者達の逃亡風景が素晴らしい。列車や、ボートで、自転車で。コリンとヘンドリーはドイツ軍の練習機を盗み出し空からの逃避を。ドイツからスイスの国境を目指す撮影とロケーションが収容所とのコントラストを生み出す。ドイツ軍の軍服がなければとても戦争しているようには見えない。これこそが戦争の愚かさと悲劇だ。

クライマックスのバイクシーンでマックイーンは永遠のスターに

我らがマックイーンはバイクのシーンを入れることを映画出演の条件にしていたそうだが、クライマックスシーンで永遠のスターとなっていく。ドイツ軍から盗んだバイクのタンクの燃料を確認する仕草などバイクレーサー、マックイーンの独壇場で細かなこだわりに感心してしまう。スイス国境でのバイクシーンの運転操作に息を呑む。凄い。本人とスタントを見事につなげた編集のフェリス・ウェブスターはアカデミー編集賞にノミネートされた。

独房に向かうヒルツにバーンスタインの同じテーマ曲が、ラストシーンではこれまでとは違って聴こえる。壁打ちするボールの音と無名のドイツ軍兵士役の演技で締めくくった名匠監督に拍手だ。エンドロールも演出であることを僕に教えてくれた。偉大なる173分。ぜひ観て欲しい。

VIDEO SALON 10月号より転載