日本を代表するカメラメーカーのひとつ、キヤノン。本誌読者には、今さら説明不要の存在だろう。
長年、スチルカメラをフラッグシップとしてきた同社だが、ビデオカメラのメーカーとしても30年以上の歴史を持っており、現在の動画業界においても不可欠な存在だ。そんなキヤノンにも、インハウスの動画制作部門がある。今回は、歴史あるキヤノンの動画内製事情について紹介する。

取材・文・構成●矢野裕彦

 

キヤノン株式会社
https://canon.jp

 

 

グループ内の社員に向けたニュース動画を毎週配信

キヤノンのインハウス動画制作のセクションは、2部門ある。ひとつは広報センターに属するグループ社内報室(以下、社内報室)で、その名の通り社内報の制作を担当している。もうひとつは同じく広報センターの写真制作課で、こちらは対外的な映像を制作するチーム。プロのフォトグラファー集団で、新製品発表のプレスリリースに掲載するサンプルカットのほか、製品紹介やIR関連の動画などの制作を担当している。

最初に話を伺ったのは、社内報室の久高真理子さんと、押田秀輝さん。社内報室では、主に月刊で発行している冊子『キヤノンライフ』と社内イントラネットニュース、そこで公開されている動画ニュースを制作している。制作する動画は2種類。ひとつは特集と呼ばれる長さ5分程度の動画で、トップメッセージや旬な技術や製品など、毎月さまざまなテーマで企画される。もうひとつはいわゆるニュース記事で、毎週1回、1分程度の音声なしの動画を制作している。

数名で構成される社内報室のメンバーのうち、動画をメインに扱っているのは久高さんと押田さんの2人だ。動画で紹介する記事が決まったら、取材に動画班も同行して撮影を行う。記事が上がったらそれを参照しつつ、動画の撮影者がそのまま専用の編集室で編集も行う。

「イントラネット内のニュース動画は、ダウンロード配信しています。ストリーミング配信が一般的だと思うのですが、公開時にアクセスが集中したりするなど社内のネットワークに影響が出ないようにダウンロード方式を採っています。そのほか、社内のエレベーター内にあるモニターでも映像を流します」(久高)

ダウンロード数や評価、反響などについてはデータを取り、どのような内容に関心が高いのかを分析して動画作りに生かしている。

 

◉当然ながらカメラはキヤノン一色。画作りと目的を考慮して機材を選択 

カメラ
▪EOS R
▪EOS 5D Mark IV
▪EOS-1D X Mark II
▪EOS C500
▪XF205
レンズ
▪RF24-105mm F4 L IS USM
▪EF24-105mm F4L IS II USM
▪EF11-24mm F4L USM
▪EF70-200mm F4L IS II USM
▪CN-E24mm T1.5L F ——など

 

マイク
▪キヤノンDM-E1
▪オーディオテクニカATM57
▪オーディオテクニカ ATW-T1001J/ATW-R1700 ——など

 

編集機材
▪HP Z840 Workstation+キヤノンDP-V3010
▪Adobe Premiere CC ——など

 

三脚
▪ザハトラーFSB 6
▪ザハトラーDV8/100SB
▪ジッツオG1329+GS5320V100(ビデオアダプター)——など

 

ライト▪Falcon Eyes RX-18TDなど

社内報の制作自体が映像制作を学ぶ場になる

カメラメーカーとは言え、すべての社員が撮影、特に動画の扱いに精通しているわけではない。久高さんは、フォトグラファーとして入社。写真制作課に配属され、スチル撮影をメインに10年ほどキャリアを積んだ後、社内報室に異動してきた。動画を本格的に扱い始めたのはそのタイミングからで、撮影から編集まで一から覚えた。一方の押田さんは制作スタジオ出身のカメラマンだったので、元々動画制作には詳しい。

「スチルをメインで扱ってきた社員が、社内報の制作を通して映像の扱いを学ぶという流れもありますね」(押田)

人員が限られていることもあって、ワンオペレーションで取材からすべてをこなすことも多い。加えて、動画だけではなく、通常のニュース記事や冊子『キヤノンライフ』のための画像素材も必要だ。

「取材して作る報道色の強い動画の場合、4Kのビデオカメラを持ち込んですべての素材をカメラ一台で撮影することもあります。冊子やWebの素材は映像からの切り出し画像、動画ニュース用には2Kにダウンコンバートした素材を使うというように、できるだけ効率よく動けるようにしています」(押田)

 

 

社内向けのコンテンツも視聴環境に合わせて変化

キヤノンの動画社内報の歴史は長い。『キヤノンライフビデオニュース』のスタートは1984年、実に35年前にさかのぼる。当初はVHSのビデオテープ(2005年からはDVD)で配布されており、部会などで集合視聴されていた。

「当時のコンテンツは、集合視聴という環境に合わせて長さ15分程度の動画で、ロングインタビューなどが中心でした」(久高)

2014年に、イントラネット内でのダウンロード配信になる。PCでの個人視聴に切り替わったわけだ。

「個人のPCで観るには、15分の動画は長すぎます。そこで動画も5分程度に短くして、ポイントを絞って短時間の視聴に向いた構成に変更していきました」(久高)

内容面でも工夫をしている。ニュースや定例行事のレポートだけでなく、社員に役立つ情報としてYouTuber風の撮影講座などにもトライした。これは、元々動画に詳しい押田さんが担当した。

「写真講座は以前にも制作しましたが、通常の動画だと見せ方に限界があったので、臨場感を出すためにYouTuber風の作りに挑戦しました。好評だったので、第2弾として仕事効率化のための複写機の使いこなしの動画も制作しました」(押田)

 

◉動きや人柄、臨場感など、文字情報を補完する動画社内報


▲『キヤノンライフビデオニュース』は、臨場感や人柄など、冊子の社内報だけでは伝わりにくい情報を補完する役割を担う。企画会議は毎週行われ、動画で掲載すると効果的なものを優先的に撮影候補として選別する。

 

プロのフォトグラファーが動画に挑戦することになった理由

次に話を伺ったのは、写真制作課の李 侑香さんと小木壮介さん。二人とも、キヤノンにおいてフォトグラファーの肩書きを持つカメラマンだ。製品紹介動画のほか、さまざまなプロジェクトのプロモーションビデオなど、社外向けに公開される動画の制作を主に担当している。ただし、そもそもはフォトグラファーの肩書きが示すとおり、静止画の撮影が専門だ。動画に関わるようになったのは、2008年発売のEOS 5D Mark IIがきっかけだった。

「5D Mark IIにEOSムービーが搭載されて、フォトグラファーでも動画が撮れるんじゃないかという気運が盛り上がったときでした。そこで私が事業部に『動画のサンプル撮影をやらせてほしい』と直接お願いしたのが、最初でした」(李)

撮影を李さんが行うことで、もくろみどおり制作費をかなり抑えることができ、次回以降につながった。

「最初はわからないことだらけだったので苦労しました。ただ、ここは一般のユーザーと同じだと思いますが、EOSで撮影できるという点で、動画撮影をかなり身近に感じたのは大きかったですね」(李)

 

 

インハウスの動画制作は品質の向上にもつながっていく

社内に動画撮影ができるチームが生まれたことで、他部署からの撮影依頼や相談も増えた。撮影や編集は、依頼があった部署と一緒に作り上げていくことになる。

「外部への発注だと、どうしても発注側が言いたいことを言って受注側は『わかりました』で終わることが多い。でもインハウスだと、依頼された内容よりも効果的だなと思うときは違う撮影を提案したり、結果的によりよいものが生まれてきやすくなっていると思います。あとは、社内でコミュニケーションを密に取れるので、制作上の判断や決定が早いですね。」(小木)

最後に、フォトグラファーが動画撮影を始めるにあたって、参考にしたことを聞いてみた。

「プロモーション用の撮影では、外部のスタッフとの協業も多いんです。撮影の注意点や三脚の動かし方など、スチル撮影とは異なる部分が多々あるので、外部の動画のプロと仕事ができたのは役に立ちました。現場は勉強になります」(小木)

「見て覚えるほかに、私たちの場合は開発とやり取りすることもあるので、技術的な部分のアドバイスをもらったりして勉強しました」(李)

品質の高い作品を生み出すキヤノンのインハウス動画制作は、クリエイターの挑戦にも支えられていた。

 

◉多くの部署と関わりながらより良いものを作っていく

▲写真制作課が携わる動画は、他部署の依頼で制作するケースが多い。その際、インハウスで制作しているメリットとして、単に言われたままに作るのではなく、より効果的な映像表現の提案や、シビアな製品フィードバックなどが生まれる点がある。

 

◉グループ社員への情報と社外向けの動画をそれぞれで制作

グループ社内報室

入学式

『カメラがつないだ3つの奇跡』
▲台湾で防水ケースに入ったPowerShot G12が漂着し、中のデータが無事だったことが話題となった。その際、特派員として台湾に向かい、持ち主への返却イベントを取材。「号外」として動画制作を行なった。

 

写真制作課

「キヤノンイーグルス」プロモーション

EOSムービーサンプル

女子陸上競技部「キヤノンアスリートクラブ九州」プロモーション

 

◉キヤノン動画担当者お気に入りレンズ

キヤノンの動画制作担当者に、お気に入りのレンズとポイントを紹介してもらいました。

▪押田秀輝さん
EF11-24mm F4L USM
歪曲収差を抑えた超広角の描写は、ワイドな空間表現だけでなく、迫力のある「ワイドで寄り」が好きな私にはこの上ない逸品なのです。

▪李 侑香さん
RF24-105mm F4 L IS USM
高画質なズームレンズで頼りになります。滑らかなAFもポイントです。

▪久高真理子さん
EF70-200mm F4L IS II USM
F4という適度な開放値、キレのいい描写力に加え、女性でも無理なく持ち運べる軽量・コンパクトな点が気に入っています。

▪小木壮介さん
EF24-105mm F4L IS II USM
ロケ先での機動性の高さと、安心できる画質。オールマイティーな必携レンズです。

 

ビデオSALON2019年3月号より転載