インハウスに限らず、動画クリエイターにとって、その作業内容を左右する重要な要素のひとつが、制作用の機材だ。インハウスの場合は特に、限られた予算や条件のなかでやり繰りする必要がある。今回は日々の制作業務を支えている機材事情についてお話したい。
嶋田史朗
スタートは10年前
まず先に、こうお伝えしておこう。「インハウスでの動画制作環境を整えるのは、かなり骨が折れる」
経営判断で内製化に乗り出した企業など、方針がハッキリしていれば体制作りも進めやすい。しかし、多くは状況が異なるだろう。動画が必要になるたびに担当者自身が手弁当で対応していたり、「そこの新入社員君、動画とかできる?」とITに明るそうな若手が何となく任命されたりと、人材、機材、予算の見通しのない現場の話を多く耳にする。私もそんな状況から足場固めを進めている動画クリエイターのひとりだ。
当社で動画のインハウス制作の話が立ち上がったのは、約10年前。当初、私はまだ着任前で専任がおらず、たまたまブライダル撮影の経験があった社員に任されていた。
それまでのイベントや行事は、いわゆるホームビデオ用のカメラを使ってテープで記録されていた。今後も、創立記念日などのセレモニーでの“振り返り用の素材”として活用するため、今ではデジタイズされてストレージに保存されている。
そんな撮影機材だが、業務用ビデオカメラを導入するときが訪れる。2011年、ハイビジョンが一般化しYouTubeなどのオンライン動画視聴環境が広まり始めたタイミングで、社長が登壇する講演や説明会を動画にして公開したいという要望が出てきた。しかし当時の機材では、ハイビジョン撮影ができないだけでなく、長丁場のイベントではバッテリーの持ちが不安、会場PAからの音声受け取りが煩雑、といった機材面の課題があった。これらの要望が大きなトリガーとなり、ソニーのHDカメラ、PMW-EX1Rを導入することとなったのだ。
インハウス制作のスタートとしてはなかなか大きな買い物だったが、長尺の収録が必要となる直近の案件の傾向を考えると、このカメラの導入は当時としてはベストな解決策だったと思う。それから7年間はEX1Rを中心とした撮影体制が続き、今でも一部の仕事で現役だ。
▲長く活躍することとなった、ソニーのPMW-EX1R。行事や集客イベントが多く、それらに紐づいた記録撮影の仕事も多い。このような現場ではハンドヘルドタイプが重宝する。最近増えたライブ配信でも大活躍。宣伝素材など映像に質感を求める映像が中心なら一眼カメラを導入してもいいが、企業イベントへの対応がメインならビデオカメラの導入をオススメしたい。
ビデオカメラを活用しつつも気になる一眼動画
2016年に着任した私も、EX1Rに大いにお世話になった。同機の魅力は、何と言ってもその懐の深さだ。光学14倍ズームや大型バッテリーは、現場の状況が分からない急な撮影依頼でも、とりあえず持っていれば対応できる点が大変心強い。特に、イベントやセミナーの記録撮影や簡単なインタビュー撮影が主だった着任当初の案件では不安がなかった。カメラを回したまま他のメンバーにズーム操作だけを任せるといった、ビデオカメラとしての扱いやすさも少数運用では助かるポイント。また、テレビと同程度の良い品質で記録を残せるため、後年の素材利用を考えると安心材料となる。
だが、いよいよ新しい機材を検討したいタイミングがやってくる。これまで記録が主だった業務のなかに、「撮った映像をプロモーション素材として使えないか」「三脚に乗ったフィックスの画だけではどうも味気ない」などの要望が入り始めたのだ。加えて、EX1Rは正直重い。手持ち取材のような現場で、プロモーションにも使えそうなアングルにこだわった素材を撮っておくためには、軽量なカメラが必要だ。
そこで、トレンドだった一眼動画に興味を持つ。しかし、当時はまだ案件の傾向が読み切れず、導入しても使いこなせる自信がなかった。業務ではフレキシブルな対応が必要で、収録の時間が限られていることも多い。レンズ交換式の一眼カメラは、現場によってはトラブルの元となる可能性があった。また、手元のビデオカメラと一眼動画の違いやメリット/デメリット、機材による映像の違いなどは説明が難しく、社内理解を得るには時間がかかりそうだった。
「今の機材で撮れているのなら、そのままでいいじゃないか」という感覚も当然ある。だが、私自身の「こういう画を撮りたい」という思いと相まって、一眼動画への興味は高まっていった。
どうしても出てくる“私物機材”の話
教科書通りの話題ではないのだが、インハウスの現場で起こり得るのが個人所有の機材の運用だろう。プロ用でなくても動画制作の機材は高価で、企業によっては導入に抵抗があるのが現実だ。もちろん備品が望ましいが、ちょっとした撮影なら使い慣れた手元のカメラで済ませる、そんな「私物投入」話がインハウス界隈ではよく聞かれる。
かくいう私も、前述した一眼動画への思いもあり、2018年、勉強も兼ねて自前でミラーレス一眼を購入した。一眼動画については経験が浅く、仕事で使う機会はなかった。「手に入れたのなら現場で使ってみたい」──この気持ちは本誌読者ならご理解いただけるだろう。さらに、業務で発生するスチル撮影の勉強も兼ねたいという考えもあった。自ら新しい映像スキルやトレンドに触れ続けていかなければ、成長の機会はほとんどないものだ。これはインハウスの現場ならなおさらだろう。
小型の一眼カメラで一番の恩恵は、フットワークが軽くなったこと。社外イベントの撮影にバックパックと三脚で参加できるようになった。簡単なロケやインタビューなら、これで済ませられる。軽快に動ける点は、会場の盛り上がりや被写体の表情など、現場の躍動感を撮り逃したくない場面でもメリットとなった。
ただし、この身軽な装備で現場に出向くと、周囲は「これで撮れるの?」と不安そうだった。ビデオグラファーなら常識だが、当時の現場ではまだまだこんな認識だった。
▲物の 6500を野外イベントに持ち出す。この場合、スナップ撮影した素材をダイジェストシーンに使用することが多い。データの取り回しを考慮して、HDでの撮影がほとんどだ。一眼カメラの導入を検討しているなら、トップハンドル付きのゲージの購入も稟議書に追加しておこう。「現場での負担が減るんです」と熱弁すべし。
社内認知の高まりと機材アップデート
社内で動画の納品を続けるうち、そのころには、「前に見たような動画コンテンツがうちにも欲しい」といった問い合わせが増えていた。インハウス動画の成果が社内でも認知されてきたようだ。インハウスでうまく話を進める方法は「完成品を見せる」に限る。具体的な提案や見積のない曖昧な雰囲気のなかで機材のアップグレードの提案をするには、完成品を見せてしまったほうが話が早い。
そして2019年、本格的な機材の導入が許される。ありがたいことではあるが、機材選びもまた難しい課題。今後の制作内容に関わるため読み切れないところもある。とにかくありとあらゆるカメラを手に取って検討し、迷いに迷って導入を決めたカメラがキヤノンのEOS C200だった。
理由としては、採用動画やブランディングに関わる動画をシネマカメラ相当で自社制作したいという“夢”の部分が大きかったが、直接的な決め手となったのはチーム内の資産が生かせることだ。導入済みのカメラのレンズを引き継げることに加え、同系のスチルカメラのノウハウを持つメンバーが多いなど、一眼動画からレベルアップしたいメンバーにとっても同じキヤノンのカメラを導入するメリットがある。もちろん性能も気に入っており、撮って出し素材の見え方も、コーポレート案件で好まれるトーンだなと感じている。
導入後はインタビュー案件はもちろん、取材やWEB CMでも大活躍している。社外メディアからの動画素材提供の依頼があっても、不安なく素材を渡せる。ファイル形式の面では、扱いやすいMP4が選択できるため「とりあえず撮っておこうか」という現場でも受け渡しのためのエンコード作業を気にすることもなく、ガンガン回してその場でデータを渡して終了、という気楽な運用ができるのもメリットだ。
▲シネマカメラは利用シーンを選ぶが、人にフォーカスした撮影の多い企業の現場では頻繁に可動している。一眼動画のようにバッテリーに悩むこともなく、周辺機器を増設せずとも対応できる。レンズ資産も含めトータルで考えると費用対効果は高かった。
コロナ禍で増えるライブ配信需要
新型コロナウイルスの蔓延に伴い、当社も例に漏れずライブ配信の仕事が急増した。
まず、以前紹介した社員総会が、社内の一角を簡易スタジオにしてライブ配信で開催する形に移行した。プラットフォームには参加者の制限や双方向性、資料共有の容易さや鮮明さからZoomウェビナーを採用した。
機材も急ぎ導入した。スイッチャーにローランドVR-4HD、カメラにソニーPXW-Z90を追加。Z90を導入した理由は、一般の社員でも扱うことができるフルオート仕様と、取り回しやすいサイズだ。簡単なオンラインイベントでは、Z90とVR-4HDのセットに適当なビデオカメラをプラスする程度で運用している。社員総会では出演者とステージ数も増えるため、引き続き使用しているEX1RとさらにC200も持ち出し、3カメをVR-4HDに集約してZoomに画を送っている。
事前に完パケにしている動画コンテンツはVR-4HDに送り、カメラ画とスイッチングさせる。リアル開催でスクリーン出しするものをZoomに送っているという違いしかないため、オペレーション面での混乱はないが、画質についてはコンテンツ作成の段階から考慮しておく必要がある。
音声周りは、以前は用意できるマイク数の少なさに苦労していたが、スタジオの施工段階から「会場音声のアウトを取れるように設計してほしい」と何度もお願いしていたことが功を奏し、会場常設のマイク音はXLR端子から取れるようになった。スタジオの作りは今後もずっと影響するので、この辺りの根回しも重要だ。
過去機材の持ち寄りではあるもののライブ配信の業務に対応できているのは、これまでの失敗も含む実地経験を通じて、機器面のプランニングの橋渡しができていたからだと感じている。実際「会場に音声アウトがなければこの案件は詰んでいた……」と、今でもたまにドキッとすることもある。
野外からの配信も実施
オフィス外の野外イベントでもライブ配信が求められるようになった。当社の実業団駅伝チームが出場する大会が縮小開催に変更。公道を走るはずだったのだが、応援者の密を避けるため、競技場敷地内の周回コースを走る無観客駅伝となった。
だが、ただの無観客ではさびしい。社員も自社チームの晴れ舞台を何とか応援したいということで、Zoomを使った社内限定のライブ配信を行うこととなった。
カメラ構成は、競技場のトラックを見渡せる場所にベースを構え、据え置きカメラと操作するカメラの2カメをATEM Miniにつなぎ、ビジネス用のノートPCでZoomに参加するという形を採った。競技場に有線やワイヤレスでシステムを組もうかとも考えたが、関係者の入場人数も限られているなかでは、ケーブルの引き回しや各機器の調整に人数を割くわけにもいかない。そもそもスタッフと呼べる参加者は私ひとりしかいないため、それに合わせた規模にまとめたというわけだ。
Zoomとネットにつながるカメラ付き端末を使えば、ケーブルを引き回すことなく疑似的に中継リレーのようなことができる。自宅の社員と現場の選手がコミュニケーションを図れる点も、実にリモート応援らしい。さらに現場ではリポーター社員がスマホを自撮り棒に付けた実況スタイルで同じZoomミーティングに参加しており、配信を盛り上げた。
また、参加者がZoom慣れしているので、発信、視聴の双方のハードルも低い。大会中は選手がゲリラで出演し、チャット機能を活用したやり取りも盛況となるなど、使い慣れたツールならではの駅伝の臨場感が伝わる社内限定配信となった。
投じている機器類を見返してみると、導入のハードルが高い機器ばかりではない。リモートが常態化したコミュニティーで、ゴリゴリのプロ用機材を介さずともこのように内部コミュニケーションが実現できており、コロナ禍という時代の影響も感じる配信といえる。
野外配信の課題はバッテリーとネット環境
実業団駅伝のZoom配信では5時間の長丁場となるため、大容量モバイルバッテリーを準備。あらかじめ、現場と同じ機材を接続した上で5時間以上稼働させる電力消費のテストを実施した。また、競技場には配信に耐える太いネットワーク回線が引かれているわけではないため、モバイルWi-Fiを複数台用意して回線を確保することに。現場となる競技場をロケハンし、事前に回線速度チェックと2時間程度の接続テストを行って回線状態を確認してから、本番に臨んだ。
インハウス機材は状況に合わせた選択を
同じインハウス制作であっても制作物はそれぞれ異なるし、撮影条件や予算なども異なる。この記事が参考になればうれしいが、インハウス制作を検討中の部署等が、このままなぞるべきだとは思っていない。数多あるレビュー記事での評判や業界標準のような考え方も道標にはなるが、これだけ多様なツールが出回っているなかで、選択の幅を狭めることになるのは本意ではない。
当社の機材のアップグレードも、最終的には既存の機材との兼ね合いや、依頼される動画のニーズに合わせて選択されたものだ。自身やチーム、そしてインハウスを内包する企業にとって最適なツールがあるはずなので、まずはそれを軸にして考えるべきだろう。しかしながら、小規模のチームであれば、チームまたは担当者のモチベーションも重要だと思う。かくいう私も「パナソニックやブラックマジックのカメラも使ってみたい」という想いを胸に秘めながら、引き続き最適解を探っていこうと思う。
Adobe PremiereとFinal Cut Pro編集ソフトを使い分け
筆者のチームでは、動画の編集にAdobe Premiereを中心としたAdobe CCを使用している。デザイナーも多く働く企業であるため、入社と同時にAdobeアカウントが与えられた。ノウハウもあるので、社内でのデザインファイルのやり取りもスムーズだ。Adobe CCは汎用性が高く、企業内でのAdobeアカウントの配布状況によっては素材のやり取りなどでもメリットがある。一方で、筆者の社内ワンオペ動画制作の経験から、同じような案件を継続して回す小規模のチームで運用するならば、Final Cut Proのほうが何かと小回りが効くというメリットがある。この辺りはチームの状況によって変わってくるだろう。
●VIDEOSALON 2021年1月号より転載