●今井友樹(ドキュメンタリー映画監督)
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無形民俗文化財の映像記録 その3
民俗文化財の種類
民俗文化財と聞いて、みなさんは何を思い浮かべますか。聞き慣れない言葉なので連想しにくいかもしれません。今回は、民俗文化財の種類について紹介します。
まず民俗文化財について、文化庁のHPでは以下のように説明しています。
「民俗文化財とは衣食住、生業、信仰、年中行事等に関する風俗慣習、民俗芸能、民俗技術及びこれらに用いられる衣服、器具、家屋、その他の物件など人々が日常生活の中で生み出し、継承してきた有形・無形の伝承で人々の生活の推移を示すものである」
本連載では、民俗文化財の映像をわかりやすく伝えるために、あえて「暮らしの映像」と言い換えています。
また、有形・無形でいえば、例えば野良仕事をする衣装、藁葺きの家、今は使わなくなった生活道具など、これらは形があるものなので有形です。対して、年中行事、歌舞伎、社会生活など、物的なものではない事象は無形に当たります。だから民俗文化財といっても、その内容は多岐にわたります。
無形の民俗文化財の種類は、大別すると次の3つに分けることができます。①風俗慣習、②民俗芸能、③民俗技術です。
例えば、青森のねぶたや京都の祇園祭など、お祭り行事などは風俗慣習。獅子舞や踊りなどは民俗芸能。手漉き和紙づくりや藁細工などは民俗技術です。
あげお文化遺産ガイド「無形文化遺産編」
無形の民俗文化財の種類を紹介する上で、是非参考にしてもらいたいHPがあります。埼玉県上尾市が開設する『あげお文化遺産ガイド「無形文化遺産編」』です。
上尾市では、1993年から制作した映像をHP上で全て閲覧することができるようになっています。映像作品を活かす取り組みとして、保存活用のモデルになると考えています。
また、僕が所属している民族文化映像研究所が制作した作品も7作ほどあります。各作品の監修者として担当された上尾市職員の関孝夫さんからは、民俗文化財の映像記録の撮影方法から編集方法、ナレーションの入れ方など様々なことを教わりました。僕自身がはじめて演出を担当した作品『上尾の竹細工職人』(44分/2008年)も含まれており、上尾での映像制作には思い入れがあります。
今回は上尾市が企画製作した映像記録作品から、①風俗慣習、②民俗芸能、③民俗技術の撮影のポイントを紹介します。
①風俗慣習
■『平方のどろいんきょ』普及編(45分/1993-1994年/民族文化映像研究所)
旧平方村で行われ、天王祭とも呼ばれる悪霊退散を祈願した夏祭りの記録。
https://ageobunkaisan.jp/mukei/01doroinkyo.html
■『川の大じめ』普及編(30分/1997-1998年/民族文化映像研究所)
旧川村で疫病などの災いが村に入ってこないように、しめ縄を張り替える行事の記録。
https://ageobunkaisan.jp/mukei/05kawaoojime.html
いつどこで、どんな人が、どのように行事を行なっているのか。その歴史背景や、伝承の変容過程を踏まえて撮影します。また行事は一年に1日の行事であったとしても、引継ぎを受けて1年かけて準備をする行事もあります。行事の全体像を描くためにも、準備から本番までを記録するのが望ましいです。またナレーションによる補足も行います。ただし、誤解をさけるために、はっきりしないことや飛躍した表現は避ける必要があります。
②民俗芸能
■『藤波のささら獅子舞』普及編(35分/2006年)
1人が1頭の獅子に扮し3頭で舞う、藤浪地区で行われる獅子舞の記録。
https://ageobunkaisan.jp/mukei/07hujinamisasara.html
■『上尾の神楽 平塚氷川神社の神楽奉納』普及編(27分/2009年)
平塚地区の氷川神社の例大祭で奉納される神楽の記録。
https://ageobunkaisan.jp/mukei/06kagura.html
基本的には風俗慣習の記録方法と同じです。ただし、1演目の長さが30分以上あるものもあり、全体像を記録して伝えるは、普及を目的とした映像作品では伝えきれない時間的制約もあります。そのため記録保存や伝承・後継者育成として、演目の全てを記録しておくことがあります。また様々なカメラアングルから撮影するために、実際に上演される場所ではなく、ホールの舞台で演目を披露し芸態を記録することもあります。笛の種類や太鼓の叩き方など、伝承する人が注意するポイントを踏まえる必要があります。例えばカメラアングルを正面ではなく、太鼓の面が見えるように斜め後ろから撮影するなど、伝承に資する方法で記録します。
③民俗技術
■『上尾の竹細工職人』(44分/2008年)
旧上平村で活躍していた竹細工職人のわざの記録。
https://ageobunkaisan.jp/mukei/15takezaiku.html
■『上尾の摘田 直播による伝統的な稲作の記録』普及編(31分/2009年)
北足立台地で行われていた、直播による伝統的な稲作の栽培方法の記録。
https://ageobunkaisan.jp/mukei/14tsumida.html
竹細工なら、どんな人がいつ頃に行う作業なのか。竹はどんな種類の竹なのか。一つの製品を一から作り上げるまでの工程を丁寧に撮影していきます。映像でみてもわかるように撮影します。何度も行う作業であれば、正面から撮ったり、右後ろに回って職人さんの目線で撮影したり、手元のアップを撮ったりすることが可能です。一回しかない作業ならばどこから撮影するか思い定める必要があります。いずれにしても次にどんな展開があるか予想しなければなりません。
今は行われていないため、当時の経験者に協力してもらい、再現という手法もあります。実際に『上尾の竹細工職人』はかつて竹細工職人として生計を立てて、いまは引退した人の協力を得て、再び竹細工を編んでもらっています。また、『上尾の摘田』は、昭和40年ごろまで行われていた摘田を、当時の経験者にお願いし約40年ぶりに再現してもらいました。
上記の作品群は、いずれもあげお文化遺産ガイド「無形文化遺産編」で実際に映像を閲覧することができます。紹介映像だけも見ていただけば概要をわかってもらえると思います。
次からは実践編へ
「暮らしの映像」の連載は、これまで民俗映像の世界を紹介してきました。イメージをつかんでもらえたでしょうか。映像記録に正解不正解はありません。みなさんが記録したい、伝えたいと思うものを、映像として思い描いてみてください。
次号からは実践編に移ります。僕が無形の民俗文化財の映像記録をする上で、日頃心がけていることや諸先輩から学んだことを交えながら、企画から撮影・編集、そして仕上げまで、順を追って詳しく紹介していきます。
参考URL
文化庁のHP(民俗文化財)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/minzoku/
あげお文化遺産ガイド「無形文化遺産編」
https://ageobunkaisan.jp
今井友樹監督プロフィール
1979年岐阜県生まれ。日本映画学校(現・日本映画大学)卒。2004年に民族文化映像研究所に入所し、所長・姫田忠義に師事。2010年に同研究所を退社。2014年に劇場公開初作品・長編記録映画『鳥の道を越えて』を発表。2015年に株式会社「工房ギャレット」を設立。https://studio-garret.com/
◉第1回はこちらから https://videosalon.jp/serialization/kurashi_1/