【eスポーツ配信の現場】今何が起きているか? をリアルタイムで伝えるためにデジタルスイッチャーとテロップPCが鍵になる Vol.2


eスポーツの配信では戦況を即座に、そして正確に伝える必要がある。そのためには様々な情報をゲーム画面に被せて、グラフィカルに付加していくが、そこで重要になるのが透過情報を残したままテロップを入力できるデジタルスイッチャーとテロップを作成するアプリの汎用性。Vol.2では、実際の小規模配信と大規模配信の現場を例に配信システムやデジタルスイッチャーについて解説する。

講師◎原田清士 構成・文◎佐山幸弘

 

講師   原田清士

2012年9月に格闘ゲームコミュニティ団体「指喧」設立をきっかけに、Ustreamやニコニコ動画で個人配信を開始。2021年にはゲームストリーマーになるための配信知識などを初心者から有識者向けに幅広く伝えるYouTubeチャンネル「コマギ」をスタート。また、「EVO2015」日本初の公認パブリックビューイングなどのイベント業務において、技術統括やTriCasterのオペレーターとして数多くの現場に従事。2015年にウェルプレイド設立メンバーとして技術およびデザインの統括者に就任。現在、ウェルプレイド・ライゼストの役員として、デザインを担うクリエイターチーム、技術周りを担うテクニカルチームの責任者としてシステム設計やマネジメント業務などを行う。

 

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小規模配信と大規模配信でチェックするeスポーツの配信現場

配信番組「WELLPLAYED LEAGUE」の小規模配信システムの場合

上の写真は弊社の配信スタジオです。壁からクロマキーのカーテンの縁までが約5m、正面の青の壁から手前の赤いところまでが5mぐらいで、かなりコンパクトなスタジオです。このワンルームみたいなスタジオを使い、弊社のコンテンツ「WELLPLAYED LEAGUE(ウェルプレイドリーグ)」を配信しています。

 


▲配信をコントロールしているオペレーションルーム。コンパクトなスタジオで、前列左側にスイッチャーを置き、前列右に音響卓がある。後列に4台並んでいるPCはすべてテロップ用のPCになっている。

 


▲実際に配信している映像。背後に窓枠があり、奥にCGが浮いていて、あたかも空中に浮いているかのようなセットになっている。

 


▲スタジオの美術セット。緑のエリアをクロマキーで抜いてCGと合成。ここを夜にしたり、夕方にすることもできる。そのほかに、ARを使った演出も取り入れている。床にある格子模様の線をクロマキーで抜けるようにしているところは細かな工夫。上の配信映像を見るとここが黒くなっているが、対戦ゲームの配信中、勝ったチームの色に床の色を変えることで、ひとつエッセンスとして演出に取り入れている。

 

●NDIでデジタルスイッチャーに接続する配信スタジオの配線図

▲WELLPLAYED LEAGUEの配信スタジオでは動画のSDI信号をNDIに変換し、HUBを介してデジタルスイッチャーTriCaster 2 Eliteに入力している。テロップ関係の入力が多く、3Dタイトルを制御する「Viz Trio」、カメラトラッキングシステム「VioTrack R2」、リアルタイム3Dアニメーションツール「Viz Artist」、画面に手描きする「テレストレーター」に、テロップPCとして「KarismaCG」まで常設している。

*WELLPLAYED LEAGUE https://bit.ly/vs202208_WPL

 

 

幕張メッセで行われたeスポーツのイベント配信の場合

幕張メッセのイベントホールで行われた配信を例に大規模配信についてご紹介します。このイベントは左右に同じレイアウトのステージがあり、ステージ左側にレッドエリア、右側にブルーエリアがハの字型に立っている状態です。その裏側にオペレーションルームがあります。オペレーションルームにはたくさんの機材が並んでいますが、奥がステージオペレーション用の機材卓、手前が配信オペレーション用です。


▲左半分の「レッドエリア」の模様。

 


▲写真手前が配信オペレーション用の機材卓。張り付きでオペレーションしているのはひとつのステージでおよそ20~30人にもなる。

 


▲ふたつのエリアに挟まれた位置に配信スペースは用意された。

 

●カメラはSDI接続、テロップはLAN接続が基本のブルーエリアの配線図

▲ブルーエリアの映像系の配線図。集約するデジタルスイッチャーは、ここでもTriCasterを採用し、ブルーエリアでは60p入力にも対応するTriCaster TC1を使用した。レッドエリアでは入力ソースは共通だが、30pまでのTriCaster 8000を導入している(TriCaster 8000の後継機はTriCaster 2 Elite)。カメラやゲーム機からの入力はSDIを使用し、テロップPCからはLANで接続し、NDIを使って入力した。I/Oモジュールを追加して5系統めのSDI入力に対応させている。

 

 

競技シーンの配信でデジタルスイッチャーを採用する理由

小規模配信でも大規模配信でも使われているのが「TriCaster」

「WELLPLAYED LEAGUE」だけでなく、幕張メッセのイベントでも、どちらの配信例でも採用されているTriCaster(トライキャスター)は、競技シーンでは欠かせないデジタルスイッチャーです。NewTek(ニューテック)の製品で、世界で最もコンパクトなライブプロダクション・マルチメディアスタジオになります。この1台の中に、番組放送やインターネット配信用の映像作りに必要とされるほとんどの機能が詰め込まれています。公式サイトに書かれている通り、カメラとインターネットを接続し、TriCasterの電源を入れるだけで、ライブ番組の制作・配信を、いつでもどこからでも開始できます。

TriCasterには、モデルがいくつかありますが、特にeスポーツの現場で利用されているのが「TriCaster 2 Elite」です。SkypeやMicrosoft Teams、ZoomやDiscord(ディスコード)といったアプリケーションの映像、音声を入力ソースにできるほか、NDIやカメラの映像、タブレットやiPhoneなどの端末も直接入力できる仕様になっています。

入力ソース以外に、動画ファイルやオーディオファイル、静止画のデザインファイルを直接取り込むことで、オペレーターひとりですべての操作が可能になっているのが特徴です。ひとつの機材で様々な素材を送出し、映像の切り替えも可能。プログラムOUTを出すことはもちろん、TriCaster自身で配信や録画もできます。

▲NewTekのサイトで紹介されているTriCasterのワークフロー。

 

 

TriCaster 2 Eliteを例に仕様を確認

TriCaster 2 Eliteの仕様を簡単に説明します。SDIの入力が8入力、NDIが最大32、そしてSDIの出力が8です。4Kの場合は2系統になります。オーディオの入・出力もあります。「M/E」と呼ばれるミックスエフェクトが8です。そして、ダウンストリームキーが4レイヤーになり、コントロールサーフェースも用意されています。

個人で配信されている方であればご存じの、OBSという無料配信ソフトが似た存在です。OBSもシーンを作成でき、シーンの中に映像ソースや動画・静止画ファイル、iPhoneやiPadを入力ソースとして割り当てることができます。オーディオコントロールや直接配信ができる点も同じです。大きく違うのは、OBSはソフトウェアですが、TriCasterは排熱や電源のバックアップなど、ハードウェアとしてもプロ仕様としてきちんと設計されている点です。

▲TriCaster 2 Eliteの裏面端子。予備電源など放送用ハードウェアとして設計されている。

SDI入力数:8
NDI最大入力数:32
SDI出力数:8(4K出力時は2)
アナログオーディオ入力数:XLR×2、1/4″×6
アナログオーディオ出力数:XLR×2、1/4″×2、Phone×1
ミックスエフェクトM/Eバス数(リエントリ可能):8M/E
DSK(ダウンストリームキー):4レイヤー
コントロールサーフェース:4-Stripe/2-Stripe

 

なぜデジタルスイッチャーを採用するのか? アナログスイッチャーと比較する

TriCasterとOBSは、アプリケーションとしてはかなり似ていますが、なぜこのデジタルスイッチャーTriCasterを採用するのか? それを確認するために、アナログスイッチャーとの違いを見てみましょう。それぞれ得意な部分と不得意な面があります。

まず、アナログスイッチャーは安定しています。電源を入れれば必ず動作する。現場では、これが何より大事です。入力数も多く、スタジオに置くようなアナログスイッチャーでは80入力も可能な製品もあります。一方で、M/Eなど合成できるレイヤー数が少なく、プロジェクトファイルを使った管理もできないので、配信するゲームタイトルが変わると、その度にレイアウトの変更が必要になり、その点は不得意な面です。

それに対してデジタルスイッチャーのTriCaster 2 Eliteは12レイヤー、8M/Eまで使え、合成機能が充実しています。プロジェクトファイルを使った管理も可能です。TriCasterでは「セッション」と呼びますが、保存したセッションを呼び出せば、ゲームタイトルが変わっても、すぐにそのゲームタイトルに合ったレイアウトに変更できます。たくさんの機能が備わっているので、配信の規模によってはオペレーター1名でグラフィックの操作や動画の再生、テロップ送出、映像の切り替えまでワンオペでできるため、コスト削減という面でも有利です。

もちろん不得意な面も当然あります。まず、不安定な場合があることです。イベント会場に持ち込んで結線し、電源を入れてテストしましょうというときに、起動しない…ということもあります。TriCasterはWindowsベースのアプリケーションなので、アプリが立ち上がらないとか、セッションが呼び出せないということが、たまにあります。

入力数をみても、アナログスイッチャーに比べて少ない製品が多いです。NDIが32と多いのはメリットですが、基本的に使うのはSDI入力なので、8入力という仕様は少し物足りません。

それを踏まえた上で、デジタルスイッチャーを選ぶ理由を説明します。まず競技シーンでは特に、21ページでお見せしたゲームの配信画面のように、画面に合成する素材がとても多くなります。選手画像や選手データに加え、ラウンドマップなど、ゲームによってはさらに多くなる場合もあります。画面構成が複雑なので、その分レイヤー数が必要になるのがひとつ目の理由です。

もうひとつの理由は、セッションで管理できる点です。例えばゲーム1タイトルの配信で使うレイアウトが6種類あるとします。アナログスイッチャーではゲームタイトルが変わると、その都度レイアウトを変えなければいけません。しかしTriCasterでは、ゲームタイトルごとにセッションを作り保存しておけば、呼び出すだけでゲームに合ったレイアウトですぐに配信することができ、時短にも繋がります。事前に準備しておくだけで、当日のオペレーションが本当に楽になります。

同様の理由でM/Eの数が多い点も理由のひとつです。M/Eについて簡単に説明します。画面レイアウトが6種類あると想定してください。6種類全然違う、異なるレイアウトの画面があり、それをひとつずつ保存しておける場所がM/Eです。「M/E 1」には対戦画面のレイアウト、「M/E 2」には演者さんが映っているレイアウトというように振り分けができるので、事前に配信内容に合わせたレイアウトをM/Eに設定しておけば、ボタンひとつでそのレイアウトを呼び出して、切り替えることができます。

一般の配信現場では機材の安定さの優先度は高いですが、こと競技シーンの配信となると複数のレイアウトを使用することが多いため、デジタルスイッチャーを採用するケースが多くなります。

TriCasterのグレードの違いは入力数やM/Eの数以外にありますか?
受け付ける映像信号の種類にも違いがあります。TriCaster 2 Eliteでは60pの信号を受け付けられますが、今まで使われていた8000というタイプのものでは、インターレースの映像信号しか受け付けなかったので、30pまでしか出力できませんでした。8000のように、過去の古いバージョンを使うと映像信号の問題が出てきます。

 

●アナログとデジタルスイッチャーの得意/不得意

 

 

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VIDEO SALON 2022年8月号より転載

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