Insta360からスマホ向けAI追跡ジンバル「Insta360 Flow」がリリースされた。 今回、ゲームクリエイターとしての活動を中心に、映像、イラスト、脚本などを手がけている池田大輝さんにレポートを依頼。さまざまなケースをテスト動画で比較をしながら、その機能を詳しく検証してもらった。

レポート●池田大輝

はじめに:『シン・仮面ライダー』でも使われたiPhone。でも……

映画『シン・仮面ライダー』をあなたはご覧になりましたか?庵野秀明監督が描き出す、最新であり、同時に原点でもある仮面ライダー。仮面ライダーには明るくない私ですが、庵野監督のコメントにもあるように、この映画はまさしく「オリジナル映像を知らなくても楽しめるエンターテインメント作品」であり、個人的にはとても楽しめました。冒頭のトラックチェイスと血なまぐさい戦闘シーンは最高ですね。

『シン・仮面ライダー』では多くのカットでiPhoneのカメラが使用されています。iPhoneを撮影に用いることは企画段階から想定されていたようで、過去にも『シン・ゴジラ』や『シン・ウルトラマン』(こちらは樋口真嗣監督)でもiPhoneが効果的に使われています。

 

iPhoneのカメラの進化はめざましく、全体的な画質の向上のみならず、被写体を認識して背景をぼかす「シネマティックモード」の搭載やドルビービジョンへの対応など、プロ向けの動画撮影カメラとしてのブランドを意識しているように見えます。このように映画への進出を着々と進めるiPhoneですが、ここでひとつ質問です。

「あなたはiPhoneで映画(あるいは映像作品)を撮りたいと思いますか?」

なんとなく、引っかかるものを感じる人は意外と多いのではないでしょうか。庵野監督の映画ではiPhoneが多用されているとはいえ、実際のところ、一定以上の規模の商業映画でiPhoneを使う事例はむしろ極めてまれであるように思われます。

「iPhoneがすごいことは知っているけど、仕事で使うのはちょっと……」

「ロケハンやテストでは重宝するけど、本番ではちゃんとしたカメラを使いたい」

こんなイメージを抱いている映像制作者の方は少なくないと推察します。あるいはもしかしたら「そもそもiPhoneを現場で使うなんて言語道断だ!」という方もいらっしゃるかもしれません。

私もまさにそういうことを思うひとりであり、実際、サブのスマートフォンとして所持しているiPhone 13 miniのカメラ性能の高さを知りながらも、なんとなく持て余してしまっています。そんな「すごいけどなんか物足りないiPhoneのカメラ」に新たな可能性をもたらしてくれる存在、それこそが今回の主役「Insta360 Flow」です。

 

Insta360 Flow:手軽に、そして強力にスタビライズ

Insta360 Flowは、AIトラッキング機能を備えたスマートフォン用のジンバルで、2023年3月29日にInsta360社から発売されました。コンパクトなデザインと愛らしい見た目を持ちつつも、非常に高度な手ブレ補正能力が特徴的です。まずはInsta360 Flowの特徴を簡単に見ていきましょう。

Insta360 Flowの主要スペック

製品名 Insta360 Flow
発売日 2023年3月29日
メーカー Insta360
重量 ジンバル: 約369g

磁気スマートフォンクランプ: 約32g

サイズ (幅 x 高さ x 奥行き)

※スマートフォンクランプは含まず。 内蔵三脚収納時。

収納時: 79.6*162.1*36mm

伸張時: 73.6*269.4*69.9mm

バッテリー容量 2900 mAh
連続録画時間 12時間
充電時間 2時間
Bluetooth Bluetooth 5.0

 

外観とファーストインプレッション

Insta360 Flowは、何よりもそのコンパクトさと可愛らしいデザインがまず目を引きます。折りたたむことで手軽に持ち運びができるのですが、特に注目したのは、折りたたみがそのまま電源のオンオフになるという点。折り畳まれた状態では電源はオフになっており、開くと自動的にオンになります。手動で電源をオンオフする必要がないのは非常に便利です。

▲Insta360 Flowを折り畳んだ状態。片手に収まるサイズ感です。
▲Insta360 Flowを開くと、自動的に電源がオンになり、ジンバルが作動します。

また、セッティングが非常に簡単です。スマホホルダーをスマホにセットし、あとは本体にマグネットでくっつけるだけ。マグネットで大丈夫かと少し不安でしたが、強力な磁石がしっかりとスマホをホールドしてくれて、落ちる気配は一切ありませんでした。

▲iPhoneをセットした状態。マグネットで強力に固定されます。重さはあまり気になりませんでした。

全体的に作りがしっかりしており、なおかつシンプルで使いやすい。Insta360 Flowを使用しての第一印象です。

 

ジンバルの圧倒的安定感

安心してください、ブレませんよ。

Insta360 Flowの最大の特徴である、3軸ジンバルによる手ブレ補正能力はとにかくブレません。とにかくブレないジンバル。歩きながらの撮影はもちろん、走りながらの撮影でもブレはほぼ感じられません。ファーストインプレッションでもお伝えしたように作りが非常にしっかりとしているため、本体自体のたわみや揺れによるブレもほとんどありませんでした。ジンバル性能と本体の頑丈さに支えられた圧倒的安心感。スマートフォン用のジンバルを使用するのは今回が初めてでしたが、想像をあっさりと超えられてしまいました。

まずは歩いて。全く手ブレがありません。FHD、 60 FPS、 オートモードで撮影。

続いて走って。こちらも手ブレはほとんど感じられません。FHD、 60 FPS、 オートモードで撮影。

 

ディープトラック 3.0:画面を見なくても大丈夫

圧倒的なジンバル性能を手にすると、人は走りたくなるものです。被写体を追いかけるとき、特に走っている場合には手元のスマホの画面を確認するのが難しくなります。それは被写体の動きを目で追いかけなければならないのと、撮影している自分の足元にも注意を払う必要があるからです。画面を見ることができないと、被写体をフレームに収め続けることも難しくなります。

しかしInsta360 Flowのディープトラック 3.0がこれを解決してくれます。追いかけたい被写体を一度指定すれば、自動的にフレーム内にキープしてくれるのです。スマホの画面を直接見ることができない場合でも、ディープトラック 3.0があれば被写体を常に画面内に収めることが可能になります。

トラッキングの仕方は簡単。背面のボタンを押すと自動的に被写体を検出してトラッキングしてくれるほか、スマホの画面をタップ&ドラッグして被写体を指定することも可能です。

人物を映した状態で背面のボタンを押すと、人物を自動で認識して追跡してくれます。カメラの位置が変わったり人物が後ろを向いても問題ありませんでした。FHD、 60 FPS、 オートモード、ディープトラック 3.0有効にして撮影。

ディープトラック 3.0は激しく走る場合など、画面を直接確認するのが難しいケースで特に便利だと感じました。走るのに必死で画面を全く見ていませんが、被写体をしっかりフレーミングしてくれています。FHD、 60 FPS、 広角、FPVモード、ディープトラック 3.0有効にして撮影。

 

でも、スマホで十分なのでは……?

さて、ここまでお読みくださった方の中には、こう思った方もいらっしゃるかもしれません。

「Insta360 Flowのスタビライズ性能がすごいことはわかった。でも、スマホの手ブレ補正も十分すごいよね?

はい、その通りです。iPhoneには標準で手ブレ補正が搭載されているほか、iPhone 14シリーズからは走りながらの撮影でも滑らかに補正する「アクションモード」が追加されました。また、私がメインで使っているPixel 7にも強力な手ブレ補正機能が搭載されています。ジンバルとは異なりソフトウェア処理がメインになる都合上、動画サイズが小さくなるなどの制約はあるものの、その威力には目を見張ります。

iPhone 13 miniの標準手ブレ補正。画面のフラつきはあるものの、ガタつきはしっかりと補正されています。FHD、 60 FPS、iPhoneの標準カメラアプリで撮影。

Google Pixel 7にも手ブレ補正が搭載されています。こちらは標準手ブレ補正。FHD、 60 FPS、Pixelの標準カメラアプリで撮影。

Google Pixel 4a(5G)以降に搭載されている「アクティブ」手ブレ補正は激しい動きにも対応。画質やフレームレートが一部制限されるものの、かなり滑らかに補正してくれました。FHD、 30 FPS、Pixelの標準カメラアプリで撮影。

では、Insta360 Flowを使うメリットは何なのか?スマホにはないInsta360 Flowならではの機能ももちろんありますが、私は「スマホ動画に『カメラワーク』という創造性の翼を授けてくれる」点にこそInsta360 Flowの魅力を見出しました。

 

iPhoneは「カメラワーク」の夢を見るか?

iPhoneで映画、あるいは映像作品を撮影したことのある方なら一度は思ったことがあるのではないでしょうか。「iPhoneは軽すぎる」と。プロ用の撮影機材に比べて軽いのは言うまでもなく、動画用カメラとして広く普及しているミラーレスデジタル一眼レフカメラに比べてもiPhoneは非常に軽いです。冒頭で触れた『シン・仮面ライダー』などの映画ではまさにiPhoneの「軽さ=機動性」が効果的に演出に組み込まれていると言えますが、それは良くも悪くも「iPhoneっぽさ」を受け入れていることを意味します。

iPhoneの画質が向上し、強力なスタビライズ機能が搭載されてもなお「iPhoneっぽさ」が拭いきれないのはなぜか。それはiPhoneそのものの物理的制約、すなわち「軽く、コンパクトであること」が「カメラワーク」に滲み出てしまうからではないかと私は考えます。

 

ニュートンの運動方程式から見る「iPhoneっぽさ」の正体

突然ですが、ここで「ニュートンの運動方程式」に登場してもらいましょう。高校物理で触れたことのある方はぜひ思い出していただき、数式が苦手な方は読み飛ばしていただいても構いません。

ニュートンの運動方程式

ma = F

m: 物体の質量
a: 物体に生じる加速度
F: 物体に働く力

この法則は、ざっくりとは「物体の質量が大きいほど動かしにくい」と解釈することができます。荷物の載っていない台車を押す場合と、大量の荷物が載った台車を押す場合を想像するとわかりやすいかもしれません。荷物がたくさん載った台車ほど押すのは大変です。

カメラにも同じことが言えます。質量の大きいカメラ(たとえば映画撮影用のカメラ)と、質量の小さいカメラ(たとえばiPhoneのカメラ)では、その「動かしやすさ」が異なります。映画用のカメラは動かしにくいので重厚感のあるカメラワークになり、iPhoneは動かしやすいので「機動性の高い(あるいは、iPhoneっぽい)」カメラワークになる、といった具合です。このように、カメラそのものの質量はカメラワークと密接な関係にあると言えます。

 

Insta360 FlowのフォローモードはiPhoneの物理的制約を取り払う

iPhoneの物理的制約、すなわち「軽く、コンパクトであること」を取り払い、撮影者に「カメラワーク」という創造性を授ける。これこそがInsta360 Flowの最大の魅力であるように私は思います。そして、これを可能にするものこそが、Insta360 Flowに搭載された4つの撮影モードです。

Insta360 Flowには4つの撮影モード(オート、フォロー、パンフォロー、FPV)が用意されています。

Insta360 Flowの4つの撮影モード

撮影モード

特徴

オート

動きに合わせてジンバル設定を自動的に調節

フォロー

動きにより敏感に追従(フォロー)

パンフォロー

パン(左右)方向の撮影に最適

FPV

ドローンのようなダイナミックな撮影に最適

これらのモードは、大まかには「撮影者の動きに応じてジンバルがどのように動くか」を決定します。デフォルトのオートモードでは、その名の通り基本的には自動的に「いい感じに」手ブレを補正してくれます。FPVモードは主に走って撮影する場合に、ドローンで撮影したような臨場感を与えてくれます。

そして、今回最も感動したのが「フォローモード」です。これは、オートモードに比べて撮影者の動きにより敏感に追従(フォロー)してくれます。ちなみに「パンフォローモード」はフォローモードの動きをパン方向(左右方向)のみに限定したモードです。では一体フォローモードの何がすごいのでしょうか。

フォローモードでカメラワークを意識して撮影した作例①。「ワイドスクリーンモード」を併用することでアスペクト比2.35:1、フレームレート 24 FPSの映画のような映像が得られます。FHD、24 FPS、広角、フォローモード、ワイドスクリーンモードで撮影。

先ほどカメラの「質量」と「動かしやすさ」の話をしました。フォローモードの魅力は「撮影者自身をカメラだと思ったときに、その動きに追従してくれる」という点です。たとえば、体重60kgの撮影者が腕を固定して歩いているとしましょう。このとき撮影者(とiPhoneとInsta360 Flow)をひとつのカメラだと思うと、このカメラは「60kgの動かしにくいカメラ」と見なすことができます。一方で、撮影者の体を固定し、撮影者の腕(とiPhoneとInsta360 Flow)をひとつのカメラだと思うと、このカメラは「約3kgの動かしやすいカメラ」と見なすことができます。これが意味することは何か。それは、

「Insta360 Flowのフォローモードを上手く使えば、iPhoneが重いカメラにも軽いカメラにもなる」

ということではないでしょうか。重厚感のあるカメラワークを演出したければ体全体で歩けばいい。小回りの利いたカメラワークを演出したければ腕を動かせばいい。歩きや腕の振動はジンバルが吸収してくれる。このように、単なるスタビライズ性能にとどまらず「カメラの重さによらない多様なカメラワークの選択肢」をもたらしてくれる点こそ、iPhone単体では得られない、Insta360 Flowの創造的な魅力であると私は感じました。

フォローモードの作例②。歩行による手ブレをしっかりと補正しつつ、手持ちカメラの有機的な動きを絶妙に拾い上げてくれます。FHD、24 FPS、広角、フォローモード、ワイドスクリーンモードで撮影。

フォローモードの作例③。オートモードでもある程度動きに応じて手ブレ補正を調節してくれるのですが、自分の体をカメラの一部のように扱うことに慣れている方であれば、フォローモードの「手触りのよさ」に感銘を受けることでしょう。FHD、24 FPS、広角、フォローモード、ワイドスクリーンモードで撮影。

フォローモードの作例④。手持ちカメラのような質感を維持しつつも、「iPhoneっぽい軽さ」はほとんど感じられないのではないでしょうか。FHD、24 FPS、広角、フォローモード、ワイドスクリーンモードで撮影。

 

まとめ:iPhoneは「カメラワーク」の夢を見る。Insta360 Flowの魔法にかけられて。

冒頭でも述べたようにiPhoneのカメラの進化はめざましく、ここ最近の画像処理AIの発展も考慮すると、iPhoneの「画質」が劇場映画のクオリティにまで成長するのは時間の問題だと私は想像します。しかし、映画を映画たらしめる要素は「画質」だけではありません。技術的な観点だけ見ても、照明、音響、VFX、etc…あらゆる技術が映画のクリエイティブを支えています。なかでも、大掛かりな撮影では当たり前なのに、iPhoneではその手軽さゆえに相性の悪いカメラワーク。カメラワークは物語の展開を示唆したり、時には登場人物の心情を代弁したりと、映画において重要な役割を果たします。

Insta360 Flowは、iPhoneにカメラワークの選択肢をもたらします。それはすなわち、iPhoneで撮影された動画が「iPhoneで撮影されたような動画」の殻を破り、「映画」あるいは「映像作品」へと昇華される可能性を意味します。これはともすると非常に些細な違いに思われるかもしれませんが、創作とは往々にして「些細な違和感」との戦いでもあります。そうした「些細な違和感」からクリエイターを解放し、より創造的な選択肢をもたらしてくれる——Insta360 Flowは丁寧に作り込まれたスタビライズ性能を余すことなく発揮し、iPhoneに「カメラワークの魔法」をかけてくれる、大きな可能性を秘めたジンバルです。

 

余談:Androidは「カメラワーク」の夢を……

記事のタイトルを見て「じゃあAndroidは?」と思われた方も多いかもしれません。Insta360 FlowはiPhoneだけではなくAndroidスマートフォンにも対応しています。が、手持ちのAndroidスマートフォン・Google Pixel 7でも試してみたところ……スペック不足なのか、あるいは暑さゆえなのか、iPhoneに比べて動画がカクつき、スマートフォン本体も異常に発熱してしまいました(この日は5月にして最高34度の真夏日でした)。

まずは標準の設定で。ややカクつきが見られますが……?FHD、60 FPS、オートモード、Pixel 7で撮影。

ディープトラック 3.0を有効にした途端、カクつきはさらにひどくなってしまいました。AI処理はスマホのスペックに依存する部分が多いのでしょうか。FHD、60 FPS、オートモード、ディープトラック 3.0有効、Pixel 7で撮影。

▲「スマートフォンの過熱や性能不良により追跡効果が低下しました」の警告。本体が熱々でびっくりしました。壊れなくてよかった……。

他のAndroidスマートフォンについては検証していませんが、iOS版とAndroid版のアプリの違いを見るに、Insta360 Flowは(少なくとも今のところは)iPhoneに最適化されている印象を受けました。Androidがカメラワークの夢を見るまではもう少し時間がかかるかもしれません。

 

◉製品情報
https://www.insta360.com/jp/product/insta360-flow

Insta360 
http://www.insta360.com/