このコロナ禍の状況で、気軽にメーカーに開発インタビューができない状況が続いているが、話を聞いてみたい製品はある。そこでメールやZoomなどのテレビ会議システムを利用してお話を訊いてみるインタビューシリーズ。今、個人的に気になるのは、LUMIX Sシリーズの20-60mmというこれまでにない焦点距離を実現した新しいズームレンズだ。(レポートは御木さんのこちらをお読みください)LUMIX Sシリーズといえば、ミニシネマカメラとも言えるS1Hがビデオサロン読者にはおなじみだが、このレンズは、そちらの本気の重量級レンズという方向性ではなく、小型軽量で、最短撮影距離も短く、VLOGなどでのスナップムービー撮影を想定している気がする(それにしても、このレンズにマッチしたボディがないのが不思議だが、これから出るんでしょう…きっと)。この製品の企画、開発意図を中心に、投入された技術について教えてもらった。メールなのでツッコミが甘いかもしれませんが、お許しください。(質問:編集部 一柳)

回答者:(敬称略)

大谷 欽洋:係長 (パナソニック株式会社 イメージングBU ソフト設計部)

市河 拓:主務 (パナソニック株式会社 イメージングBU 光学設計部)

工藤 有華:_ (パナソニック株式会社 イメージングBU 光学設計部)

小瀧 遼:_ (パナソニック株式会社 イメージングBU 商品企画部)

 

◉20-60mmという焦点距離はこれまでにはないレンジですが、どういった意図で企画されたのでしょうか?

商品企画部 小瀧 「ミラーレス時代の新しい標準ズームを」というミラーレスを世に初めて送り出したLUMIXならではの観点から、リーズナブルな価格、かつコンパクトなサイズ感ながらも“使える”レンズが作りたいという思いが根底にありました。スナップからテーブルフォト、そしてポートレートといった日常的な被写体を全てカバーし、静止画動画両方こなせるそんな万能なレンズはいったいどういったものか、といったコンセプトに対するLUMIXの回答がこのS-R2060に凝縮されています。

焦点距離のレンジに関しては、一眼レフ時代のレンズでは24mmや28mmが標準ズームレンズのワイド側というのが一般的ですが、普段撮影を行なっていると「あと、もう少しだけ後ろに下がることができれば」と思うようなシーンが少なくありません。さらにVlog(ブイログ=ビデオブログ)といった動画撮影が今まで以上に一般的になり、自撮り含めて動画で活躍する超広角領域の焦点距離へのニーズが高まってきており、諸収差の影響や使いやすさも考慮してワイド側は20mmを採用いたしました。

コンパクトさの維持との兼ね合いもあり、ワイド側を伸ばすことでテレ側を幾分短くする必要がありましたが、ポートレートや物撮りにも対応できる60mmを採用しております。EXテレコン*や動画撮影時はAPS-Cモードで撮影を行うことでおよそ90mmの画角も得られ、レンズ交換の手間なしに超広角から中望遠まで様々なシーンに対応できます。そんな”標準”ズームレンズの名に相応しい仕様となっております。

特徴的な焦点距離と短い撮影距離、防塵防滴やフッ素コートにも対応、さらにコンパクトかつ軽量という点が相互に作用することで、取り回しが良くどんなシーンでも気軽に持ち出して頂けるバランスの良い”標準”ズームレンズとなっております。

(*LUMIX機搭載の静止画時のクロップ機能)

 

お、これは決して広角ズームじゃなくて、標準ズームなんですね。

 

このレンズを実現するにあたっての技術的なポイントを教えてください。難しかったところはどこでしょうか?

光学設計部 工藤 20㎜スタートの3倍ズームでありながら、リーズナブルな価格・サイズでかつ高い描写性能を実現することが、最も難しかったところです。

こちらを実現するための大きなポイントは、最適な光学系の導出です。一般的に、S-R2060のような20㎜スタートのズームレンズの光学系ですと、一番先頭のレンズ群に負の屈折力を持たせた「負リードタイプ」が採用されることが多いのですが、歪曲収差の補正のために大口径の非球面レンズが必要となるため、リーズナブルな価格と高い描写性能の両立が困難になります。そこで、マイクロフォーサーズマウントで発売済みのLEICA DG VARIO-SUMMILUX 10-25mm / F1.7 ASPH.を技術展開し、一番先頭のレンズ群に正の屈折力を持たせた「正リードタイプ」を採用しました。これにより、非球面レンズの枚数を減らしつつ、歪曲収差を良好に補正することを可能にしました。

さらに、描写性能にも妥協したくないという思いがあり、拘っています。特殊レンズであるUHR(高屈折率)レンズ1枚、ED(特殊低分散)レンズ3枚、非球面レンズ2枚を最適に配置することで、球面収差、色収差等の諸収差を良好に補正し、高い描写性能を実現しています。

そういえば、MFTの10-25mmは35換算で20-50mmですから、20mmスタートの技術はそこでできていたんですね。

(LEICA DG VARIO-SUMMILUX 10-25mm / F1.7 ASPH.のレポートはこちら参照)

 

最短撮影距離が短いのが特徴ですが、これを可能にした技術とは(上とも関連しますが)

光学設計部 工藤 最短撮影距離を短くするためには、フォーカスレンズのストローク量(動かせる範囲)を確保した上で、描写性能を確認しながら、どこまで寄れるのかを見極める必要がありました。そこで、前述の正リードタイプの光学系を導出したことで、フォーカスレンズと後ろのレンズ群の間隔を広げやすくなり、ストロークの確保を可能にしました。

当初の企画のほうからの要望は30㎝でしたが、本レンズのコンセプトを活かすために、設計としてはできる限り寄れるようにしたいという思いがあり、フォーカスストロークを限界まで広げて鏡筒構成の設計を行い、試作機での実写評価で描写性能を見極めることで、鏡筒サイズを大型化させることなく、最短撮影距離を短くできないか検討を進めました。

最終的に、描写性能と、ワイド側におけるフォーカスレンズのストローク量の限界値とのバランスを取り、15㎝という最短撮影距離が実現しました。

フッ素コートを採用していますので、撮影距離の短さを活かし被写体にぐっと近付いた広角マクロ撮影も心配いりません。

 

なんと企画担当者さんからの要望をクリアするどころか、半分にしてしまった!

レンズの構成図はメーカーサイトを参照。https://panasonic.jp/dc/products/s_series_lens/lumix_s_20-60.html

 

最も重視した撮影距離はどれくらいでしょうか? ワイド側、テレ側で違うのであれば、それも教えてください。(遠景なのか、2,3mなのか、それとも至近距離か)

 光学設計部 工藤    遠景で、特にワイド側での描写性能を重視しています。このレンズ最大の特徴である焦点距離20㎜を生かすため、広い画角でのスナップや風景を撮影することを想定しています。ワイド側の画角は約95°と非常に広いですが、前述のレンズ構成の工夫により、背景を取り入れた撮影で目立つ歪曲収差を良好に補正するようにしています。もちろん、テレ側や、ポートレートで使われる1~2mの描写性能にも配慮した設計です。特に、画面中心付近は撮影距離に依らず高い描写性能を持つため、自撮りといったVlog用途にもお使いいただけます。

PHOTO:Shigenori Miki

マニュアルフォーカスで、テレ側でピントを合わせて、そのままズームバックしてもピント位置がずれないようですが、そういう設計がされているという理解でよろしいでしょうか?

ソフト設計部 大谷   ズーム時のピントの追従性にはかなりこだわって設計と制御をしています。オートフォーカスの時もそうですがマニュアルフォーカスでご指摘の操作をされた時にもピントを合わせた距離からズームバックした時にピント位置がずれないように、ズーム位置検出やフォーカスレンズの制御を行っています。もちろん制御だけではなくレンズの設計や製造時の個体毎の調整も含めたトータルでの性能出しを目指しています。

また、こちらの機能は発売済みのSシリーズレンズ全てに搭載されており、静止画だけでなく、引きボケしない事が重要な動画撮影において特に効果を発揮します。

 

あ、失礼しました。Sシリーズすべてズームでピントがずれないんですね。

 

そのほか、設計上拘った部分があれば教えてください。

光学設計部 工藤  光学設計では、ブリージング、そしてボケの形状や周辺減光に拘っています。

動画撮影においては、フォーカスが移動した時に画角が変化する現象、「フォーカスブリージング」が小さいことが重要と考えています。S-R2060は、高い描写性能を維持しつつブリージングが小さくなるように光学設計を工夫しています。

また、ボケの形状に関わるビネッティング量を最適化することで、描写性能を維持しつつ円形に近いボケを実現し、20㎜をはじめとするワイド側でも周辺減光が目立たなくなっています。これにより、被写体を引き立たせた、より自然な描写で撮影することが可能です。

光学設計部 市河   メカ設計においては、特にサイズと重量に拘っています。

「小型・軽量なレンズ」というのは、普段の持ち運びだけでなく、長時間撮影や狭い空間での撮影など、多くのお客様にとっての使いやすさに直結すると考えています。S-R2060は、パナソニックがコンパクトデジタルカメラの開発で培ってきた小型化・軽量化のノウハウを詰め込んだレンズとなっています。これにより、フルサイズのレンズでありながらもマイクロフォーサーズのようなサイズ感を実現しています。

商品企画部 小瀧   このレンズ特有の機能ではありませんが、リニア/ノンリニア切替というSシリーズレンズ共通の機能をこのレンズも搭載しており、リニアに設定していただくと、フォーカスリングの回転角度に応じた一定の量でピントを調整することができ、動画撮影時の自然なマニュアルフォーカス操作が可能となっております。ちなみに本レンズは、90度から最大1080度までの設定がカメラ内メニューから設定可能です。

(* フルサイズLUMIX機カメラ内メニューの「フォーカスリング制御」という機能より角度を選択可能)

 

え、1080度って、3周弱ってこと? そこは試してなかったので、今度試してみます。

 

まさにSIGMA fpにぴったりのレンズですが、このレンズにマッチするLUMIX Sシリーズのボディを期待したいと思います。そこからこのレンズの真価が発揮されるのではないかと思っています。

 

ありがとうございました!