右に左にテールをスライドさせながら走る3台の白いスポーツカー。そんなドリフトするクルマを追いかけながら、その窓に飛び込み抜けて行くドローン。トヨタGR86のCM『THE FR』は、そんなドローンとクルマの競演を表現した作品だ。本作の制作を手がけた監督の山本一磨さん、ドローンを担当した田中道人さん、そしてプロデューサーのAOI Pro.加藤久哉さんと鈴木貴秀さんにお話を伺った。

取材・構成・文●編集部 萩原

 

30秒をドローンカットで表現したトヨタのTVCM「GR86 [THE FR]」

「スポーツカーの象徴ともいえるFR(後輪駆動)を採用したGR86の走りの迫力を、どう魅力的に映像化するかがテーマでした。そのテーマを実現するために取り組んだチャレンジングな撮影手法が、歴代3台の“86(ハチロク)” がドリフトするのをドローンで撮る、それも車内をブチ抜いて一発撮り、という手法でした」(加藤さん)。

トヨタの新型スポーツカー「GR86」の30秒のCMは、先ごろ発売されたGR86と旧型の「86」、そしてそのルーツである「AE86」型カローラレビン・スプリンタートレノという、新旧3世代のハチロクが、リヤタイヤをスライドさせながらランデブー走行する様子を、ドローンの1カットで表現した作品だ。

コースだけが照らし出された夜のサーキットで、ドリフトする3台のハチロクを、FPVドローンが後ろから前から、時にはその間を抜けながら飛んで撮影したこの作品。こうした“ドリフトをドローンで撮る”という映像は、すでにSNSなどでも多く見られるが、“ドリフトするクルマの窓をドローンが抜けて行く”という映像だからこそ、見る者にインパクトを与えてくれる。

 

コースを照らし出す37台のハイライダー

「プロデューサー、ディレクター、CGチームすべてが、ドローンで何ができるかを詳しく知らないまま演出コンテを書き、それに合わせプリビズを作り、それをガイドに制作を進めていった」(加藤さん)という。

制作当初は GRブランドのトーン&マナーに対しドローンのGoProで撮るということは相反するとして、当初は「ヘリコプターにSHOTOVER、デカいカメラを積んで、カットボディ(屋根を切り取った撮影用劇車)の室内にレンズを通過させて、編集上でCGの屋根を乗せることも考えていました」(山本さん)といい、実際にヘリを飛ばせるロケ地を探したこともあるという。また、海外にロケ地を求め、ドバイでイギリスやドイツのチームを使った撮影も検討されていた。しかし、新型コロナウイルス感染症の蔓延の影響もあり、海外での撮影や海外チームの移動が難しくなり、最終的に日本国内で撮影することとなった。

「ドローンとドリフトをストレートに表現するだけだと、SNSや動画サイトで公開されているものの中に紛れてしまう。もちろんこの作品もSNSでも公開されるが、実験的ドキュメント映像ということだけではなく、アイキャッチがしっかりあることが必要。真夜中のショールームのライティングがサーキットコース全体にあるイメージ」(山本さん)だといい、そのためにロケ当日に集められるだけのハイライダーをコース脇に配置した。

あえてロケーションを感じさせないように、夜間のサーキットでコースだけを照明。そのために照明部がかき集められる最大となる37台ものハイライダーをコースサイドに並べた。

 

本番3ヵ月前からテストを重ねていった

ドローンのフライトを担当したのは田中道人さん。これまでにもFPVドローンを使ったCMやMVを数多く手掛けているが、止まっているクルマの窓を抜けることはあっても、走っている、それもドリフトしているクルマの窓に飛び込むというのは初めての経験だったという。

撮影に使用したのは5インチクラスのシネマティックドローンで、練習や撮影で破損することを踏まえて15機を用意した。制作サイドはもっと台数を用意することも考えていたが、機体は手作りで、さらに昨今の世界的な半導体不足の影響もあって機体の調達には苦労したという。

そしてドリフトする3台のハチロクを追いながら、さらに窓に飛び込む、という演出を実現するために、田中さんも含む制作チームは、本番の3ヵ月前から実際にクルマをドリフトさせる中で飛行する練習を開始。同時に撮影的に再現できるかを検証するためのプリビズを何度も修正していった。

山本さんが描いた演出コンテのオリジナル。ドリフトする3台の86の位置関係や角度、それを撮るドローンの軌道やアングルは、このコンテを忠実に再現することが求められた。

 

コンテをもとに3台の86とドローンの動き、アングルをCGで再現したプリビズ。実際に富士スピードウェイのコースを再現し、その上で動きをシミュレーションしている。

 

30秒という尺の中でドリフトが続けられるコースやクルマの走行ラインを入念に検討する山本さん。検証を重ねる中でプリビズは何度も修正が加えられていった。

 

撮影前にはドリフトするクルマの動きとドローンの動きがどうすれば成立するか、国内のサーキットを使って本番の3ヵ月前からシミュレーションが重ねられた。

 

全開でドリフトするクルマを追うのは至難の業

本番の撮影は静岡県の富士スピードウェイで行われ、日中は3台のハチロクとドローンの動きを確認しながら調整が進められた。その中でも田中さんが苦労したのはドローンがクルマのスピードに対応できないことだった。

「よく見られるドリフトの空撮映像はドリフト専用に改造された競技車両を使っていて、パワーがあるから低速でもドリフトができるためドローンがついていける。しかし今回のハチロクはあくまでも市販車でスピードを出さないとドリフトができない。そのためにドローンが追いつけなかったり、コーナーでは追いつきすぎてしまったりした」(田中さん)

こうした調整の積み重ねを踏まえ、陽が落ちてからの本番も、何十というテイクが重ねられた。「“AE86がテールを振るのを見ながらドローンが左に入って、86(旧型)の前に出てジグザグに飛ぶ”といった細かな指示だけでなく、車内への飛び込み、そして出ていく間、車内から他の2台の86を撮らえるためにカメラはパンする必要があり、カメラ軌道をなめらかにするためのモーションブラーを使わないで編集したい」(山本さん)ということにこだわったからだ。そのためにエディターが現場に来て、テイクごとにチェックした。

こうして撮影は3日間にわたって行われた。「3日もかかったという見方もあるが、当初は3日でできるわけがないと言っていた」(鈴木さん)という。3台のハチロクが見事なまでに息を合わせてドリフトする周りを、絶妙な間合いで飛びながら撮影するドローン。30秒という尺の中で2回もクルマの窓を抜けて行くその映像は、FRスポーツというGR86のパフォーマンスを、余すことなく映像で体現した作品となっている。

撮影に使用したのは5インチクラスのシネマティックドローン。カメラはGoPro HERO 10を使用し、高速で走る車を追えるように、レーシングドローン並みの40度近い角度が付けてある。

 

撮影現場となった富士スピードウェイでは、日中に3台のクルマとドローンの動きを何度も確認。レーシングドライバーの佐々木雅弘さんを中心に3人のドライバーと山本さん、田中さんで何度も動きの確認が行われた。

 

ドローンが中央のクルマの助手席の窓に飛び込む瞬間(○の中心がドローン)。10テイク程度撮影しながら、最終的にはドローンが入る角度や位置を微調整していった。

 

VIDEO SALON 2022年7月号より転載