中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『銃』等がある。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』が公開中(『全裸監督』シーズン2も制作中)。『銃2020』が公開中。『ホテルローヤル』は11月13日公開。ABEMAと東映ビデオの共同制作による『アンダードッグ』が11月27日より公開。

 

第68回 007私を愛したスパイ

イラスト●死後くん

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原題:The Spy Who Loved Me
製作年 :1977年
製作国:アメリカ
上映時間 :125分
アスペクト比 :シネスコ
監督:ルイス・ギルバート
脚本:クリストファー・ウッド/リチャード・メイボーム
原作:イアン・フレミング
製作:アルバート・R・ブロッコリ
撮影 :クロード・ルノワール
編集:ジョン・グレン
音楽 :マーヴィン・ハムリッシュ
出演 :ロジャー・ムーア/バーバラ・バック/クルト・ユルゲンス/リチャード・キール/バーナード・リーほか

「007」シリーズ10作目。イギリスとソ連の潜水艦が突如行方不明になる奇妙な事件が発生。ジェームズ・ボンドはソ連の女性スパイ、アニヤと手を組み、世界征服をたくらむ秘密組織と闘う。監督は『暁の7人』のルイス・ギルバート。

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11月20日から『007』の25作目が公開される。4月公開の予定が未曾有のウイルスのため公開延期されていた。公開が待ち遠しかった。少年時代、我が家では正月映画は寅さんよりも『007』ジェームズ・ボンドだった。僕が最初に『007』を見たのは小学2年の月曜ロードショウだった。荻昌弘さんの案内で『ロシアから愛をこめて』を見たのだ。

当然ジェームズ・ボンドはショーン・コネリーで、殺し屋役のロバート・ショウの名前を覚えた。ボンクラ小学生の僕らは将来スパイになるのだ、と譫言を呟くものが多発した。近所のガソリンスタンドでボンド・カーにもなった幻の名車トヨタ2000GTを目撃した時など、チビッコ達の興奮は大変なものだった。

 

小4のとき劇場で初めて観たのが『私を愛したスパイ』

僕が最初に劇場で『007』を観たのは小学4年の時で、第10作目の記念作品『私を愛したスパイ』だ。僕は初代ジェームズ・ボンドのコネリーも渋くて好きだったが、3代目のロジャー・ムーアはどこかとぼけていて、ドジ踏んだりするとこが身近に感じてお気に入りだった。『007』が少し若返った感じもしたが、コネリーよりも3つ歳上だったことはムーアが亡くなった時まで気づかなかった。前作の『黄金銃を持つ男』から登場したムーアーの3代目ボンドが興行的に惨敗したため、10作目の気合いは大変なものだった。

 

CG全盛の現代では観られないシーンやセットの数々

オープニングアバンのスキーチェイスアクションのスタントに度肝を抜かれた。CG全盛の現代では2度と見れないであろうアルプスでのダイビングのユニオンジャック、オープニング曲へと続く演出に正月映画で新年を迎えた興奮をハッキリ覚えている。

ボンド・カー、ロータス・エスプリの登場も『スター・ウォーズ』のライトセーバー登場同様の驚愕だった。海中を進むエスプリの海中戦、海水浴で賑わう砂浜に海中からエスプリが登場する場面には呆れて笑った。

新兵器達の明らかな進化が10作目に感じられた。刺客バイクのサイドカーがロケット弾に。マシンガン付きのヘリコプターを水中から潜水艦の様にミサイルで迎撃するエスプリ。今まで見たことのないスタント、アクションの披露が宿命の『007』シリーズの伝統芸能は今日まで継承されている。

 

シリーズに2作続けて登場した 殺し屋ジョーズ

敵がそれまでの悪の組織スペクターから、大富豪になったのも興味深い。冷戦中のアメリカ、ソ連の原子力潜水艦を海運王ストロンバーグが巨大すぎるタンカー「リパラス」で拿捕して核ミサイル潜水艦を使って世界を壊滅に追い込み、海の世界を作るのだと妄想するストロンバーグ役にドイツの名優クルト・ユルゲンスが演じているのが最高の洒落だ。『眼下の敵』で最強最高のドイツUボート艦長フォン・シュトルベルク役で映画史に名を残した。僕はこの騎士道精神に溢れた潜水艦艦長が大好きだったので驚き、面白がった。

ストロンバーグの雇った2m18㎝の殺し屋ジョーズ役のリチャード・キールはこの映画で僕らのアイドルとなった。

『ロンゲストヤード』にも囚人アメフトチームの破壊兵器的役割だったが、今作品のジョーズ(顎)役で映画史に名を残す。ジェームズ・ボンドのパンチなど蚊に刺された程度のリアクション、なんでも噛み砕いてしまう強靭な顎と鋭利な歯。カーチェイスで崖から転落して家に真っ逆さまに車が突っ込んでも平気で服の埃を払いながら現れる不死身のジョーズに劇場は何度も笑いが起こった。シリーズ中ボンドに殺されなかった殺し屋はジョーズだけだ。なんと次回作『ムーンレイカー』にも続登され僕は歓喜した。2作続けての登場はキールだけだ。

 

名匠ルイス・ギルバートは シリーズ3作を監督

こんな粋な計らいをしたのが名匠ルイス・ギルバート監督だ。第二次大戦のドキュメンタリーで英国空軍に従事した経験を生かし、多くの戦争映画を撮った。そのひとつ『暁の7人』は僕にとって永遠だ。

日本を舞台にした『007は二度死ぬ』を入れてのシリーズ3本はどれもユーモアが効いている。彼が監督した、マイケル・ケインの出世作『アルフィー』のとぼけた色男ぶりもロジャー・ムーアのジェームズ・ボンドのおとぼけぶりと重なる部分も感じられる。

11作目『ムーンレイカー』でもギルバート監督が連登して海中戦から、舞台を宇宙に移してのスパイ合戦にスペースシャトルとレーザーガンの登場に大いに呆れ、拍手喝采した。

ジョーズは、この作品でもボンドに殺されず、僕は3作目の登場を願ったが、それは叶わなかった。10作目、11作目はコメディ・アクションとして僕は楽しんだ。

 

ボンドガールのあり方も 時代を経て変化していく

敵対するソ連KGBの女スパイ、トリプルXと共闘して、世界を海の帝国に変えようとする大富豪の野望を打ち砕くジェームズ・ボンド。冒頭のアルプスでのスキーチェイスでボンドにスキースティックの仕込み銃で恋人を殺されたトリプルX。密かにボンドに復讐のチャンスを伺う。それがタイトルの『私の愛したスパイ』に繋がっていく。

ボンドガールのあり方も随分と変貌していく。ジェームズ・ボンドに都合のいいセクシー女性というあり方では現在は通用しない。最近作ではボンド同等の女性工作員、女殺し屋の登場が目につく。上司Mも女性の登場となった。

6代目のジェームズ・ボンドは従来のクールな非情なボンドに戻った。笑顔の少ない笑わない6代目もいよいよ今回の25作目で引退とのことだ。7代目の候補が女性なのではという噂も流れている。

今回も毎度現れる最大の敵がフレディ・マーキュリーでオスカーゲットのラミ・マレック。主題歌が史上最年少グラミー賞ゲットのビリー・アイリッシュときた。予告映像ではボンドの愛車アストン・マーチンが360度のターンで乱れ撃ちをして敵をなぎ倒していた。6代目はかなりド派手な花道を飾ることに間違いないだろう。

 

VIDEOSALON 2020年11月号より転載