中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』、『リングサイド・ストーリー』、『銃』、『銃2020』、『ホテルローヤル』等がある。ABEMAと東映ビデオの共同制作による『アンダードッグ』が2020年11月27日より公開され、ABEMAプレミアムでも配信中。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』シーズン2が配信中。2023年1月6日より『嘘八百 なにわ夢の陣』が公開!

 

第97回 未知との遭遇・特別編

イラスト●死後くん

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原題: Close Encounters of the Third Kind

製作年 :1980年
製作国:アメリカ
上映時間 :132分
アスペクト比 :シネスコ
監督:スティーヴン・スピルバーグ
脚本:スティーヴン・スピルバーグ
製作 :ジュリア・フィリップス/ マイケル・フィリップス
撮影 :ヴィルモス・ジグモンド/ ラズロ・コヴァックス
編集 :マイケル・カーン
音楽 :ジョン・ウィリアムズ
出演 :リチャード・ドレイファス/テリー・ガー/フランソワ・トリュフォー/メリンダ・ディロンほか

UFOや宇宙人といった「未知」と人類のコンタクトを描いたSF映画。アメリカのインディアナポリスで原因不明の停電が相次ぐ。調査のため派遣された発電所に勤めるロイは、謎の飛行物体に遭遇し、何かに導かれるように真実の探求を始める。やがて、彼がたどり着いた場所とは…。

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76歳のスピルバーグ監督の新作『フェイブルマンズ』が3月3日から公開されている。少年時代に映画に魅了されたスピルバーグ監督が、青年時代を経て如何に映画監督への道を歩み出したか快調に描いている。映画館で家族と観た『地上最大のショウ』の電車転覆場面の衝動を少年スピルバーグがクリスマスプレゼントの電車ジオラマを衝突させ、8mmで撮影するのが最初の作品となる。スピルバーグ監督作の『未知との遭遇』にも電車ジオラマが出てくる。 

僕は『未知との遭遇・特別編』を『ジョーズ』と2本立てで観た。父に小学6年の時に名古屋の二番館に連れて行かれた。この日は僕が映画を信用した特別な日となった。

 

スピルバーグ監督のタイトルのセンスが毎度抜群

第三種接近遭遇(Close Encounters of the Third Kind)がタイトル原題で、人間が空飛ぶ円盤に接近する体験で円盤搭乗員とのコンタクトに至るまでだという。ちなみに第一種接近遭遇は円盤を目撃すること、第二種は円盤が周囲に何かしらの影響を与えること。僕は未だ一種接近にも至らないが、当時TVスポットで散々説明がナレーションされていた。スピルバーグ監督のタイトルのセンスが毎度抜群で感心する。

映画は砂塵荒狂うメキシコ砂漠から始まる。バミューダ海域で1945年に行方不明になったアヴェンジャー雷撃機5機が突如として砂漠に当時のまま現れる。搭乗員は行方不明のままだ。バミューダトライアングルの謎について少年誌や図鑑で読み漁っていた僕のテンションは上がりまくる。スピルバーグ監督作の冒頭が毎度巧みで感心させられる。

 

CGなき時代の物凄いカット

モンゴルのゴビ砂漠で突如と行方不明の幽霊船が現れるシーンが強烈で僕はスクリーンに釘付けになってしまった。CGなき時代の物凄いカットだ。特別編用に追撮した部分だ。続出する怪現象をフランス人UFO学者クロード・ラコームが探求していく。この学者をフランソワ・トリュフォー監督が演じている。SF映画など嫌いだと言っていたトリュフォー監督をアメリカの天才青年監督が口説き倒した。52歳で夭折したトリュフオー監督の勇姿をフィルムに焼き付けたスピルバーグ監督の大功績を讃えたい。インテリジェンスの塊のようなフランス人学者の存在が、この映画の世界観を広げている。

アメリカ本土でも怪現象が続く。ワイオミング州で大停電が起こり、発電所勤めのロイ・ニアリーが復旧作業に向かう途中に空飛ぶ発光飛行隊に遭遇する。ロイ役に『アメリカン・グラフィティ』の青年主人公で僕が顔見知りの、リチャード・ドレイファスが三児のパパとして登場した。

僕はこの日、鮫オタクの海洋学者役の『ジョーズ』のドレイファスも観て、すっかり彼のファンになってしまった。ロイが目撃する、パトカーと発光飛行隊のカーチェイスシーンに度肝を抜かれた。

インディアナ州ではバリー少年が連れ去られてしまう。このバリー少年の演技がもの凄い。スピルバーグ監督作の子役の天才性には毎度驚かされる。バリーを探す母親役に先日亡くなってしまったメリンダ・ディロン。本作でアカデミー助演女優賞にノミネーションされる。

 

映画人の生き様のようなものを本作のテーマに描いたのでは

ロイの奥さんロニー役に僕の大好きなコメディエンヌ、テリー・ガー。異星人に魅入られたロイが取り憑かれたかのようにUFOにのめり込み、山の模型作りに夢中になり、会社を首になり、家庭も顧みなくなり、ロニーはノイローゼになり子どもを連れて出て行く。何かに夢中になり、それを信じ続けることで、何かを失う。映画人の生き様のようなものをスピルバーグは本作のテーマに描いたのではと。

ロイ同様にシングルマザーのバリー少年の母親も、取り憑かれたかのように山の絵を描き続ける。山の正体はワイオミング州にあるデビルズタワーと呼ばれる岩山。宇宙から地球に発信される交信音「レ、ミ、ド、ド、ソ」が緯度経度を示すことを科学者達が解き明かす。このメロディーが作品の中で劇版音楽になっていく過程は感動的だ。

音楽のジョン・ウイリアムズは13万4千パターンある音階から二百通りを選び出しこの音階に至ったそうだ。スピルバーグは異星人からの交信音は五音である必要性を唱えた。七音ではメロディーになるからだ。異星人に思えてくるふたりの天才性に驚愕する。

 

プロット、シナリオを書いた31歳の手腕に恐れ入る

デビルズタワーを封鎖し、異星人との交信、接触場所として科学者達と、異星人に導かれたロイやバリーの母親が集結して来る。ここまでのプロット、シナリオを書いた31歳のスピルバーグ監督の手腕に恐れ入る。デビルズ・タワーに現れる母船マザーシップ登場からラストの20分は台詞なしの圧倒される映像に胸が熱くなる。ミニチュアとセット、ロケーションの特殊合成撮影の素晴らしさ。特撮担当は昨年亡くなったダグラス・トランブル。『2001年宇宙の旅』『ブレードランナー』を手がげた親子2代に渡る名匠だ。撮影は『ディア・ハンター』のヴィルモス・ジグモンド。

 

追撮影者のエンドクレジットが圧巻だ

マザーシップが宇宙に飛び立って行くラストに流れる追撮影者のエンドクレジットが圧巻だ。ウイリアム・A・フレイカー(『シャーキーズ・マシーン』)、ダグラス・スローカム(『ブルー・マックス』)、ジョン・A・アロンゾ(チャイナタウン』)、ラズロ・コバック(『イージー・ライダー』)、アレン・ダヴィオー(E.T.』)…天上界に召された名匠達の名前に熱いものが込み上げる。名著「マスターズ・オブ・ライト」そのものだ。

友好的な異星人を初めて映画の中で観た。異星人がなぜ突如として地球人との接触を求めたかは説明されないままだが、それは後の『E.T.』という作品でスピルバーグ監督は昇華させた。

家族を顧みず、円盤に乗って去って行く男の物語。こんな映画は二度と作られないだろう。

 

 

VIDEO SALON 2023年4月号より転載