ローバジェットの現場でも重要になる録音・整音。ここでは、映画録音・テレビ音声を中心に活躍しながら、録音技術の研究にも没頭している桜風 涼さんに、ワンオペのインタビュー収録で人の声をキレイに録音するためのテクニックを紹介してもらう。さらに、録音テクニックの基本に加え、桜風さんがオススメする機材の紹介、低予算で機材が揃えられない場合でも「こんな工夫をすると乗り越えられる!」という実践的なアドバイスもユーザー目線で語ってもらった。

講師   桜風 涼  Harukaze Suzushi

1965年生まれ。慶応義塾大学卒。映像・録音MAの会社・株式会社ナベックスを経営。録音技師としてTV番組、Vシネなどで活躍中。プロデュース&脚本を務めた劇場映画『ベースボールキッズ』は2003年文部科学省選定作品に選ばれた。日本児童文芸家協会会員であり、童話アニメーションでソネット・クリエーターガレージの最優秀賞の経験も。2020年には著書『映像制作の現場ですぐに役立つ録音ハンドブック』を刊行した。

HP ● https://monokaki.blog/






ワンオペ&低予算の現場の録音で考えることは?

ひとつのマイクですべての場面に対応しきれない現実をどうカバーするか

録音技師の桜風 涼です。映像制作の経験は長いですが、今回のテーマになる“音”についてはとても苦労したので、そのノウハウをなるべく分かりやすくお伝えできればと思います。メインはインタビューでの録音になりますが、TVでもドキュメンタリーでもYouTubeでも、幅広く使えるテクニックになるはずです。具体的にはプロとして現場で使われている最新デジタルマイク、それを使ってワンマン撮影でも高品質な肉声を得ようじゃないか、と。そのマイクがどこが良くて、どこが悪いのか、機材選びのポイントやセッティングまで解説します。

余談ですが、録音業界はみんな手の内を教えたがらないんですけど、自分はちょっと例外です。黒澤 明組で録音をやっていたスタッフの方にもいろいろと聞いて、その直伝なので、みなさまは“黒澤組の弟子の弟子”になったつもりで聞いてください(笑)。

早速ですが、結論から先に教えます。これを踏まえてあとの話を読むと分かりやすいと思ったので、どのマイクを買えばいいのか、その答えをまとめました(P.38参照)。

まだ録音はよく分からないけど本気で映像と向き合いたいという人は、万能なDJI Mic 2を買っておけばインタビューから映画までとりあえずいけます。最近の外部入力付き・デジタル無線マイクというのが、本当によくできていて、便利な時代になりましたね。DJI Mic 2に加えるなら、先が小さいラベリアマイクを買っておくとだいたいすべてのジャンルでいけちゃう、という。ちなみにおすすめのラベリアマイクはRODE社のLavalier GOです。

もし多人数の対談や座談会をよく撮影するのであれば、おすすめはHollyland Lark M2ですね。25,000円ぐらいで2波というコスパのよさがウリ。先ほどのDJI Mic 2は充電ケース付きで50,000円以上しますから、その値段ならこちらを2セット買えてしまう、という。あと、めちゃくちゃ小さくて軽いので、簡単に取り付けられるのがメリットです。音は最高とは言わないけど、TV番組もこれで全然やれちゃいます。

ドキュメンタリーをメインに撮影したいならソニーのカメラと組み合わせてECM-M1を導入するのがいいと思います。最近はソニーのカメラを使っている方も多いと思うので、このマイクも選択肢に入ってくるのかな、と。音の“画角”が変えられるなど、超便利な多機能のマイクで、1m以内ならこれ1本でOKですね。強力なノイズリダクションも搭載されています。ちなみに私のYouTubeはだいたいこれ一発で録音していることが多いです。

私は全部持っていて使い分けているんですが、何でこんなにたくさん持っておく必要があるかというと、それぞれのマイクによって得意・不得意があるからです。ビデオグラファーの方ならレンズ交換をイメージしてもらいたいんですけど、いくつかの種類のマイクを持っておいて使い分けないと、すべての場面には対応しきれないというのが現実です。でも、なるべくひとつのマイクで済ませる、という方向の考え方もアリだと思うので、そのあたりはセッティングでカバーしていきましょう。




レンズ交換のようにマイクも使い分けすべき

桜風さんが考える現時点でのマイク選びの結論!

とりあえず万能なのは?

・ 外部入力付きデジタル無線マイクを導入するのがベター

・ インタビューから映画まで幅広くカバーできる

・ 外部(ラベリア)マイクはRODE Lavalier GOがおすすめ

DJI Mic 2

トランスミッターには8GBの内蔵ストレージを搭載しており、32bitフロート内部収録に対応。様々な使い方ができる万能マイク。



多人数の対談には?

・ 25,000円ほどで2波という導入コストの低さ

・ マイクが小さいので見えるところに付けても目立たない

・ 簡単に取り付けられるうえ、9gと超軽量で扱いやすい

Hollyland Lark M2

9gという圧倒的なコンパクトさと手ごろな価格がウリ。レシーバーも他機種にはないほどコンパクトで、現場での使い勝手の良さに優れている。



ドキュメンタリーなどは?

・ 使い方にはコツがあるが超便利で多機能

・ 1m以内であればこれ1本でOKな場合が多い

・ 強力なノイズリダクションを搭載している

ソニー ECM-M1

8つの収音モードでさまざまな現場に対応できる小型ショットガンマイク。ダイヤルやスイッチが物理的に存在するので現場でのミスが減らせるのもポイント。




画角や焦点距離を外すと寝ぼけた音になる

具体的な機材選択やセッティングの話を理解するには、ある程度マイクや録音の基礎知識をおさえておく必要があります。この知識によってセッティングがうまくいくか、いかないかも決まってくるので重要です。まずはマイクの役割と種類によって用途が全然違うので、みなさんにも知っておいていただきたい。

ショットガンマイクというのは現場の雰囲気やカメラからの距離感を伝えるマイクです。もしかしたら望遠マイクのようなつもりで使っている方がいるかもしれませんが、プロはそうは捉えていません。ショットガンマイクは環境の雰囲気を録りつつ、主役の音をキレイに録るためのマイク。なので、「離れたらアウト」と覚えておいてください。

マイクには「画角」と「焦点距離」があります。画角や焦点距離の外にある音は寝ぼけた音、つまり聞きにくくなる、ということです。それは主役の音にはならないので、「いま何て言ったの?」と視聴者がストレスを感じてしまいます。プロ用の何十万円もするマイクであっても、この法則はまったく変わりません。

ショットガンマイクはピントの位置が筒の長さによって多少前後します。長いほどほんの少し遠くの音をキレイに録れますが、たとえば12cmのショットガンマイクなら1mが限界、ということが多いですね。ゼンハイザー MKH 416のように筒の長さが18cmのショットガンマイクでも1m30cmぐらいまでかな…というのが体感です。

環境によってはそれ以上離れられる場合もあります。じつは周りは静かで残響がないところであれば、何十m離れても大丈夫なんです。でも、そんな環境で撮影することはほぼありません。なので、通常のインタビューやドキュメンタリーでは、「50cmを超えたら危ない」と思わなくちゃいけないですね。


「今回言及するマイクは、全部私が持っていて使い分けているものです」と語る桜風さん。今回はそれらのマイクを実際に試して、現場で 使ってみた“ユーザー視点”でいろいろと解説してもらった。







おさえておきたいマイク・録音の基礎知識

ショットガンマイクとラベリアマイクの役割と使い分け

高いマイクだから良い音になるわけではない

もうひとつのマイクとしてラベリアマイクがあります。これは現場の雰囲気を排除するマイクです。人の声だけをクリアに録ることに特化しています。レンズでたとえるとマクロレンズみたいな感じですね。

ショットガンマイクもラベリアマイクも360度どこからも音は入ってきます。そのどこかひとつを狙って録るというのは至難の業と思ったほうがいいですね。ただし、ラベリアマイクは口元に近づけられるので、人の声だけを明瞭に録ることができます。

音というのはマイクとの距離がすべてです。高いマイクだから良い音になるわけじゃなくて、近づけられたら良い音になる。5,000円のマイクが25cmのところにあるのと、50万円のマイクが2m先にあったらどちらの音が良いのか。それは近くにある5,000円のマイクです。

ただ、周りが静かで残響がなければ2m先でも良い音で録れます。スタジオで録れば高いマイクと安いマイクの違いは分かりますが、普通の現場ではまず分からない。だから高いマイクは僕もほとんど使う機会がありません。





ショットガンマイクとラベリアマイクの特性

RODE VideoMic NTG

・ 現場の雰囲気やカメラからの距離感を伝えるマイク

・ 画角は広角のため、望遠レンズのような効果はない

・ 有効な使用距離は環境音に左右され、普通の部屋の場合は50cm以内がプロ音質(スタジオのような静寂の中では1m程度)

静かな場所が得意

・カメラ上のセッティングが楽だが、カメラが被写体から50cm以上離れると明瞭度がダダ下がり

・プロ用ショットガンマイク(ゼンハイザーなど)は竿に付けて使うべきで、カメラの上に置いても、ラベリアマイクの音には及ばない


RODE Lavalier GO

・ どんな場面でもテレビ的な(距離感のない)肉声を得意としているマイク

・ 雰囲気を排除した、面白味のない音声ともいえる

・ 声の明瞭さが特長

・ レンズに例えるとマクロレンズのようなマイク

うるさい場所が得意

・インタビュー用音声としてはラベリアで間違いないが、セッティングが音質の決め手になる

・口元から何cmに付けるかは撮影状況に応じて変える(レベル調整を間違えると極端に音質が下がる)



スタジオマイクが良い音になるのは、防音・吸音されたスタジオだけ。どれだけ高価なマイクを使っても、外ロケや部屋でのインタビュー撮影で、その力を発揮することはできない。つまり、安価なマイクでも“ビデオ的な良い音”として「明瞭さ」「背景音と分離されている」「聞きやすい音量幅」を意識すべきだ。




ビデオグラファーが録音するときの“良い音”はTVや配信や映画館で聞きやすい音

いま一度、“良い音”とは何かを考えてみたいと思います。これが分からないと何を録ればいいのか分からない、どうセッティングをすればいいのか分からない…。

インターネットの世界でよく言われている良い音は、オーディオ関係の音を指していることが多いです。つまりスタジオ録音したときの良い音、という文脈ですね。それを我々のように映像制作のロケ撮影ではそんな音は作れません。繰り返しますが、良い音にするには周りが静かで残響がないことが絶対条件なんです。なのでスタジオ用の高価なマイクを普通の撮影で使っても、1万円ぐらいのお手頃なショットガンマイクと比べた差なんて絶対に分からないですね。

ビデオグラファーの録音での良い音という定義が違うということです。ビデオにおける良い音というのは、TVや配信や映画館で聞きやすい音。スタジオ録音のように低音から高音まで、艶やかな音というのは脇に置いておく必要があります。ビデオではまず「明瞭さ」を求めましょう。演者がしゃべっている声がストレスなく聞こえるということです。そうするには、先ほどお話ししたマイクが“おいしい距離”にある、つまり50cm以内に持ってくるというのが基本になります。

「背景音と分離されている」ことも重要です。背景音をゼロにすることはできませんし、ゼロにしてしまうと映像と混ぜたときに不自然になってしまいます。喫茶店の映像であれば喫茶店っぽい背景音でないといけない、と。だけど背景音と主役の音が混ざってしまうと聞きにくい。これを避けるためには背景音と主役の音をどれだけ分離することができるかが勝負です。数値的に表すと背景音と主音の音量差は12dB以上が目安になります。

もうひとつ「聞きやすい音量幅(レンジ)」も意識しましょう。よくマイク選びのときに「最大音量が〜」「S/N比(シグナル/ノイズ比)が〜」という議論がなされますが、それは非常に重要な項目でありつつ、それを活かすためには聞きやすい音量幅を知らないとその数値の意味が分かってきません。単純に言えば、主音の小さな声と大きな声の差が6dBぐらいの幅に収めてあげれば聞きやすい、と思ってください。

映画作品がTVで流れるとき、BGMがやたらデカくて声が小さくて聞こえない…ということがあります。それは映画は劇場で流れるからその音量差でも聞こえるけど、一般的な家の環境で音量差がありすぎると聞こえないんですよね。最近、Netflixはこの音の幅を狭めてください、と言っているそうです。ラウドネスと言いますが、どんな視聴環境でも途中でボリューム調整しなくても心地よく聞こえる幅に収めましょう、ということなんですね。



映像に向いている“良い音”を理解しておく必要がある

一般的に言われる良い音とは「オーディオ」「舞台」「スタジオ」の話

ビデオ的な良い音とは「明瞭」「背景音と分離されている」「聞きやすい音量幅」

スタジオ用マイクはビデオ録音には使えないと思ったほうがいい



密閉型ヘッドホンは必須 (ソニー MDR-CD900ST)

音の良し悪しは密閉型ヘッドホンがないと判別不可能。桜風さんのおすすめは業界標準のMDR-CD900ST。カスタムパーツや保守部品も多いため、“間違いない”という。