岩井俊二監督が語る―フィルムルック探求の変遷、そしていま8K映像に感じること


アストロデザインはさる6月13日と14日の2日間。本社ビルにて8K映像技術を主軸とした自社製品の展示会「ASTRODESIGN Private Show2019」を開催した。ここではその会場で映画監督・映像作家の岩井俊二さんを迎えて行われたセミナー「8Kで人物を撮るということ」の模様をレポートする。

イベント写真提供●アストロデザイン

 

岩井監督といえば、独特のルックとその映像美に魅せられるファンも多く、新しい映像技術の取り組みにも熱心で、日本ではじめてAVIDによるノンリニア編集を映画に採り入れたことでも知られる。イベントでは冒頭にシャープ製8Kカムコーダー 8C-B60Aで撮影された8K作品『beautiful』が8Kプロジェクターで上映された。その後は、岩井監督が映像制作の原体験で得たルックの記憶と、自身の仕事のなかで追求してきたフィルムルックの変遷、8K映像について思うことのトークセッションが続いた。

 

8mmフィルムが原体験。ビデオでもフィルムルックを追求

学生時代に自主映画で使った8mmフィルムが映像制作の原体験だったという岩井監督。

「8Kじゃなくて8mmですね(笑)。すごい目の粗いフィルムから学生時代スタートして、最初はフジカのSingle8っていうフィルムだったんですけど、他の自主映画の人たちがキレイな画で撮ってるのを見て、“何が違うんだろうな?”と思っていたら、みんなコダックのフィルムを使っていて、“あ、コダックってこんなにキレイなんだ”と思ったのが僕の映画の原体験でした」

その後、プロになり、ミュージックビデオを中心に活動を開始した。予算のない現場ではフィルムで撮らせてもらえることはほぼなく、ビデオカメラで撮影を行うことが多かったという。当時はHDもなく、NTSC(480i)記録のビデオカメラでの収録がほとんどだった。

「ビデオカメラで撮っても、フィルムの画に近づけたいといろいろ模索してきました。8mmフィルムを使っていたのが原体験だったこともあり、“フィルムといえば粒子感”という印象があったのですが、16mm、35mmと使っていってわかったんですけど、だんだんフィルムが大きくなると粒子も出てこないんですよね」

 

初のデジタルシネマカメラ・CineAltaの登場

⬆ソニーのデジタルシネマカメラブランド「CineAlta」の初代機・HDW-F900

そうこうするうちにHDが出てきて、2000年に入って、ソニーからCineAlta(HDW-F900)というカメラを開発して、まだβ版だったんですけど、2台がアメリカに渡り『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス(1999年)』に使われて、3台目がヨーロッパの撮影監督の元に渡り、4台目をうちの撮影監督の篠田さん※1がゲットしてきたんです。それで実験を始めたんですけど、わりと感触がよくて『リリイ・シュシュのすべて(2001年)』という映画で導入しました。当初はフィルムで撮る予定もあったんですけど、生々しい映画だったので、フィルムよりもこういうカメラのほうがいいかもと思ったんです」

※1.篠田昇カメラマン。岩井監督作品には欠かせない名カメラマン。2004年に他界。

デジタルシネマカメラで収録を行い、当時、それを劇場にかけるためにはフィルムに変換する必要があった。日本では「キネコ」と呼ばれる方式が主流だったが、1コマずつ映像をスキャンする「フィルムレコーディング」の技術も登場しつつあった。

当時2時間くらいの映画をフィルムレコーディングでスキャンすると6000万円くらいかかったんですよ。映画一本撮れちゃうくらいの予算感なので、おおよそ手が出ない。インターネットで検索してみるとアメリカの街場のポストプロダクションがフィルムレコーディングを当時1千万円くらいでやっていて、キネコよりは少し高いくらいの値段でできたので、アメリカに行って仕上げたんですけど、腕も良くてフィルムと見分けもつかないくらいで。“それ以降フィルムって使ったことあったっけな?”というぐらいデジタルのほうに移行するわけです」

 

ビデオで被写界深度の浅い映像を撮るために

その後、ビデオでのフィルムルックを実現するためにもう一つの壁にぶち当たる。それは被写界深度の浅さだった。

「『花とアリス(2004年)』を撮る時のことで、F9001/2.3型のセンサーだったので、パンフォーカス寄りな映像になったり、どうしても映画っぽいルックにならないんです。当時、厚木の技術者とも話す機会があったので、“せめてフィルムと同じくらいの大きさのセンサーを積んで欲しい”と相談したこともあったんですが、技術者はすべてにピントが合っている画をよかれと思って作っているので、話が噛み合わない。篠田さんとも相談して、ハッセルブラッドというスチルカメラのフォーカシングスクリーンを覗きながら“これを再撮したらどうなの?”ってことになったんです。このカメラはフィルムがでかいんです※2。6×6とか6×4.5とかで撮影するんですけど、映画のフィルムよりもはるかにでかいんですよ。なので、被写界深度も映画どころじゃなく浅いんです」

※2.ハッセルブラッドは35mmフィルムよりも大きな中判フィルムを使うカメラ

『花とアリス』では被写界深度の浅い映像を得るため、ハッセルブラッドを改造して、F900に無理やり取り付けて撮影に挑んだ。

「その後、僕らが考えていた発想に近いものが出てきて。Pro353って言ったかな? 映画のレンズをつけてアダプター内の回転盤に像を結ばせて、それをCineAltaで撮るというものでした。餅は餅屋と言いますけど、やはりできる人が作ったものはよくできてるなと思いました。Pro35は像を結ばせる時に透明だと抜けちゃうので、半透明の擦りガラス状の素材を使ってるんです。ハッセルブラッドのフォーカシングスクリーンも半透明なんですけど、そのままそれを撮ると粒子が見えちゃうので、それを消すために回転させるんです。篠田さんも回転盤を作るところまではやってたんですけど、なかなかうまくいかなくて。それもかなり大きな回転盤で、撮影が始まるとものすごいモーター音がするんですよ(笑)。それが撮影中にガラスが飛んでっちゃったりして、その方式はダメだと諦めて、別の方法でハッセルを取り付けました。Pro35は、その後、北川悦吏子さんが監督した『ハルフウェイ(2009年)』で使いましたね」

※3.DOFアダプターと呼ばれるもの。シネマレンズを装着でき、擦りガラス状の回転盤に映った像を撮影することで被写界深度の浅い映像を撮影できる。

⬆Pro35。当時ビデオカメラで被写界深度の浅い映像を撮影できるということでMVや低予算の映画撮影で重宝された。この他、Mini35やより低価格なレッドロックマイクロ社のM2 Cinema Lens Adapterなどがよく使われた。

「あと『花とアリス』では、スローモーションでフィルムを使ったんですよ。当時デジタルでは、まだ5倍とかハイフレームレート撮影できるカメラがなかったので、そこはフィルムを使いました。この作品で僕らが作った擬似フィルム的なデジタルの画と比べて、解像度は大きく違わなかったですね。ネガとさらにポジも念のためにテレシネして、細かいところもチェックしたんですけど、結局テレシネで2Kに落とされちゃうので、フィルムにしたときにどこまで画に違いがあったのかはわかりづらいんです。あと、ネガよりもプリントしたもののほうが粗くなるわけですけど、その粗さが僕らにとって粒子に感じるというところでもあるんで。少し後に、日本映画専門チャンネルさんがゴジラシリーズをネガから4Kでテレシネして、それを見せてもらったらキングギドラとかの吊り糸が全部映っちゃってるんですよ。結局、プリントに焼いた時点で潰れるというのを円谷英二さんが想定してたんですね。プリントとネガの間にも解像度のギャップがあるんですよ。ネガから直接4Kにすると見えちゃうんだって。だから、フィルムは2Kよりももうちょっと解像度が上だったんだなって後になってわかったんです」

 

 

キヤノンEOS 5D MarkⅡは衝撃的だった

 

⬆2008年11月に発売され、映像制作者の間で話題を読んだキヤノンEOS 5D Mark Ⅱ(以下5DMK2)。

 

「旅行用に買ったソニーのコンデジに720pの動画機能が追加されて、これはいずれ一眼でもと思っていたところに、キヤノンが5DMK2を出してきて。これは大変なことが起きたぞと。その当時僕はロサンゼルスに結構いたんですけど、周りの友達もすぐ買ってるわけですよ。YouTubeにもデモ映像が色々投稿されたりとか。大騒ぎしてるわけです。それで日本のキヤノンの方に会う機会があって、話ししたんですけど。作った当事者の方々は“海外の映画関係者からたくさん問い合わせが来るんですけど、なんでですか?”って。“我々としてはブログとかで動画として使っていただければと思って開発しました”と。“えっ、これ相当大変なことなんですよ!”って」

5DMK2を使って撮った作品が『ヴァンパイア(2011年)』だった。

「この作品はチャレンジングに発売されたてのカメラで、しかも海外の役者さんを使って作ってみたんですけど、実際にやってみると弊害があってですね。カラーサンプリングが4:2:0だったんですね。せめて4:2:2くらいだといいんですけど、拡大するとメガネの縁とかにジャギーが出てしまったりと苦戦しました。でも、5DMK2はデフォルトの色がいいんですよね。そのかわり、RAW収録ができるわけじゃなかったんで、ハイやローのコントロールは撮ったらそれで終わりみたいな感じで。あとで補正するには若干やりづらいところもあったんですけど、デフォルトで出てくる画がキレイだったので、それはやはり技術者の美的センスなんだろうと思うんですよね

 

REDは最初は敬遠していたのだが…

⬆RAWで撮影ができる初めてのシネマカメラ・RED ONE。2007年に発売

「5DMK2の少し前にREDも出てきて、これもかなり革命的なカメラでした。最初に世に情報が出た時に価格帯とスペックをみて“うそでしょ?”と思いました。『ヴァンパイア』の時も一部スローモーション撮影で使ってたんですけど、どうも暗部がきれいじゃない。調整に苦労しました。それでしばらくREDを敬遠してたんですが、とある撮影で使うことになり、上がってきた画がもう明らかに変。さすがにこんな風になるはずがないと。自分でDaVinciでカラコレしてみると、全然問題なくて。『REDってきれいじゃん!』と。この時にREDのイマイチよくなかった原因が解明できました。フィルムでは画のルックを決める時は、ポスプロでカラリストが色を決めていて、カメラマンが直接やることってなかったんですよ。ところがデジタルになって、カメラマンがDaVinci操作してグレーディングする機会が増えてきました。当然やったことない人とか不慣れな人が多かったりもしたんでしょう。ちゃんとグレーディングしたら、『REDて普通にいい映像だったんじゃん!』って。それからはもうずっとREDですね」

本格的にREDを導入した作品が『リップヴァンウィンクルの花嫁(2016年)』だった。

当時はDRAGONだったかな?  最近は8K撮影に対応したMONSTROになってそれ使ってますけど。 去年中国で撮った『你好、之華(2018年)』から導入しました。MONSTROは暗部に強いので、ノイズがでないんですよね。肉眼よりも明るく撮れて、かなり掟破りのカメラで気に入って使ってます。……と、そんな経緯で8Kに至るという感じですね」

 

8K映像にいま思うこと

今回、撮り下ろした8K作品『beautiful』を8Kプロジェクターで上映後、その感想を求められた岩井監督。

「違うは違うんですけど劇的に画が違うのかというと、そういう感覚ではないかなと思います。単純にピクセル数が多いというのは言えますけど。写真の世界だと昔の写真館なんかにあるカメラって、8Kどころじゃないですし。写真ではもう明治時代から大きなサイズのフィルムを使っていて、それがだんだん小さくなってきたので、元々がでかいんですよ。街なかの大きな映画ポスターや写真集なんかもそうですけど、油絵なんかも100号(162.1×130.3cm)で描くわけだから。世の中には既にあって、動画が追いついてないだけだった。そういう点では決して未来的な技術ではないですよね。そういうこともあるので、なかなか万人が見て、“やっぱり違うよね! 8K”と、果たしてなるのかどうかはわかりません。でも、制作者にとっては、それがデジタルになったことは大きい。フィルムでやろうとするとコスト面の問題もあるし、カメラも大きくなる。それによってみんなが断念してたものがデジタルになったおかげで導入しやすくなったのはいいことだと思います」

 

8Kの記録データについて

「現状、編集で書き出しが重いというのはありますが、それをいうとHDの黎明期にも同じことがあって。今はノートPCで普通に走るようになっているので、いずれは解消していくんだと思います。データとしてみると、まず解像度は元々が大きいので、それを下げる分にはコントロールしやすい。ただ、次に問題になるのは階調。黒とか白がどれくらい情報量持ってるのか。だから、4K、8Kと解像度を上げていくなかで、まだフィルムほどの階調は持てていないような気がするし、カラコレしてても黒とか白の領域を無理やり引っ張り出そうとすると、”あ、もう画がない”っていうこともあって。フィルムがどれくらい情報量があるのか、僕も正確なことはわからないんですけど。ただ、それがどうしても必要なのかというと、普通に映画とかドラマとか撮ってる分には、あるに越したことはないんですけど、ないはないなりにやっては来たので。それでも、NTSCのビデオカメラでやってきたことを考えればありがたいくらいで、その当時のドラマとかこの解像度で撮っておきたかったです(笑)。どの作品もその時の一期一会なんで、敵わない話ですけど、『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?(1993年)』ですかね。当時からフィルムで撮るプランはあったんですが、いろいろあって、実現しなかったんです。フィルムで撮ってたら、4Kデジタルテレシネでリマスターできたわけですけど、いかんせんNTSCで撮って。化石のようになってしまったのは悔しいという思いはあるんですけど…。『北の国から』とかを観ると、これこそはフィルムで撮っておけばよかったのにって思うんですよ。今、『北の国から』を撮れば8K収録なんでしょうから。『北の国から』チルドレンがゼロから作り直すみたいな企画、やってもらいたいですよね」

 

毛穴は無理に消そうとしなくていい

「絵の具の肌色みたいな色で顔を塗ってしまうのは簡単なんですけど、よく言うのは“顔は鏡である”と。反射率というか、いろんなものを顔に写してるんですよね。その時にマットすぎると、何も出てこないので。そういう意味で“透明度”っていうんですかね? 毛穴を塞ぐとかそういうことは、後処理でできちゃうので、どっちでもいいです。素肌を実物と同じように再現できることが理想ですね。結構、顔面のなかの静脈の色まで見てるんで、こっちは。目の周りが少し青っぽくなってるとか。頬は少しチークが赤いとか。実は撮影の時に細かく見て、それがきちんと再現されてるのかチェックしてるんです。2Kのときは結構あったんですけど、ドーランみたいに塗ってる文化が突然発生してきて、“ハイビジョンは毛穴が映るんで、隠すためにやりました”と言われましたけど、あれはあまり意味がないのかなと思ってたし、そういうことは2Kの時からあったわけですよ。

 

8Kは大画面で観たい。そうなると撮影や編集方法にも違いが出てくる

「8K映像は小さな画面で観ても意味がないので、画面が大きくなるわけですよね。そうなってくると、顔のアップとかあんまり大写しにする必要もなくなってきていると思います。元々はテレビの技法なんですよね。まだ画面が小さなサイズの時に使われたものなんです。でも、スマホ視聴用のコンテンツの場合には有効だとは思うんですけど、8Kの時はあんまりヨリヒキしたくなくなってくるんですよね。ウェストくらいのサイズでも充分に存在感が出てくるので、そういう意味ではすごい影響ですよね。解像度が上がってくると、編集でそんなにアップを入れたくなくなるっていう。だから、最近は昔よりカット割りしなくなりましたよね。する気が起きなくなってきたというか。なんとなく“ごまかさなきゃ”という意識があって、割ってましたけど、じゃないとスペックのチープさが出てきちゃうので、いかにそこを隠すかということに腐心してた気がしますけど。でも、8Kになってくると、そういう必要もないから。わりとだらっと撮ってても、いい感じになってきて。なので、ハリウッド映画でも長回しが受けてきたり、それこそフィルムですけど、『ダンケルク』とかもフィルムのスペックの高さを見せようとすると、そんなにカットを割らなくてもいいというか。そういうエディターの意識というのは、なんとなくわかる気がします」

 

今後8Kカメラに望む機能

「フォーカスですかね? 8Kのフォーカス合わせるのはシビアになってきましたね。だから赤外線で勝手にやっといてくれみたいな(笑)。そういうのがあるとありがたいかな。あとは、後でフォーカス合わせるみたいな。データとして。もはや画は撮ってないみたいな。現場でどうモニタリングするのかわからないですけど、現場では横に2Kカメラがあって、それでみんなモニタリングするとか。いずれにしても現場の立場で言うと、REDにいつのまにか8Kがやってきていたように、使いやすい形で自然に入ってくるようなそういう出会いが一番ありがたいんですよね。新しい技術が出てきて、“持ち運びもできないカメラなんですけど、これでなんとか”と言われてもなかなか普及しないので。あとは、ポストプロダクションで楽に編集できたりとか。そういったところどううまく折り合えるのか、今後に期待していきたいと思います」

 

●アストロデザインプライベートショーレポート

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●名古屋のアイドルグループOS☆Uがアストロデザインのプライベートショーに訪問

https://videosalon.jp/expo/osu-2/

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