昨年末にキヤノン初のVR映像撮影のソリューションであるEOS VR SYSTEMが登場して、早くも一年が経過した。その間にユーザーから寄せられたリクエストが反映され、この年末に、専用アプリのEOS VR UtilityとPluginが大幅にアップデートされた。今回のアプリの更新により、EOS VR SYSTEMのポテンシャルがさらに向上し、ワークフローもよりユーザーフレンドリーなものに改善されている。EOS VR Utility/Plugin V1.2をベータ版より試用してきた筆者が、主な機能と特徴を解説する。
文◎染瀬 直人
映像作家、写真家、VRコンテンツ・クリエイター。
日本大学芸術学部写真学科卒。ソニーイメージングギャラリー銀座にて、作品展「TOKYO VIRTUAL REALITY」を開催。360度作品やシネマグラフ、タイムラプス、ギガピクセルイメージ作品を発表。GoogleのVR180のプロジェクトVR Creator Labのメンター等を担当。VR映像の勉強会であるVR未来塾を主宰している。
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キヤノンEOS VR SYSTEMは、2021年12月に発売された。
キヤノン RF5.2mm F2.8 L DUAL FISHEYEレンズを、フルサイズのミラーレス一眼カメラであるキヤノン EOS R5、または、EOS R5C(いずれもファームウェアバージョン 1.5.0以上)に装着して、最大8KのVR映像の撮影を可能とするシステムである。
並列する二眼の魚眼レンズで撮影した映像が、一つのファイルに記録され、これを専用アプリのEOS VR Utilityまたは、EOS VR Plugin for Adobe Premiere Proによって、左右のレンズの入れ替え、水平補正、視差調整、さらにVRの標準フォーマットであるエクイレクタングラー(正距円筒図法)に変換する処理をおこない、180度VRのメタデータの付加を経て、没入感と立体感を併せ持った180度3DのVR映像へと仕上げていくことになる。
RF5.2mm F2.8 L DUAL FISHEYE レンズは、キヤノンレンズの中でも、高品質な製品カテゴリーの証である「Lレンズ」に認定されており、色収差、フレアやゴースト等を低減して、シャープな解像感と色再現性を持つレンズとなっている。当初から対応していたEOS R5に加え、今年の3月に発売されたシネマEOS系統のEOS R5Cが加わり、現在は2機種が正式な対応機種だ。Lレンズの描写、そして、カメラに搭載されている独自開発の35mmフルサイズCMOSイメージセンサーと画像処理エンジン「DIGIC X」のコンビネーションがつくりだす高画質と自然な立体視が好評なEOS VR SYSTEMであったが、いくつかの課題も存在した。処理速度、RAW動画の非対応、Windows機における中間素材の使い勝手、Apple Siliconへの非対応等の問題により、カメラやパソコンのポテンシャルが十分に活かしきれない面があったのだ。
▲キヤノン RF LENS RF5.2mm F2.8 L DUAL FISHEYE
▲EOS VR SYSTEMに正式に対応しているEOS R5とEOS R5C
▲スタンドアローンのアプリEOS VR Utility v1.2.0のインターフェース、RAW動画ファイルを読み込んだ状態
▲Adobe Premiere Proで利用できるEOS VR Plugin v1.2.0
EOS VR Utility/Plugin V1.2で改善された10の新機能
今回、アップデートされたEOS VR Utility/Plugin V1.2においては、以下の10の新機能が追加され、使い勝手がより向上している。
1.GPU対応オプションの追加による処理の高速化 (VR Plugin)
2.速度優先オプションの追加(VR Plugin)
3.RAW動画への対応(VR Utility)
4.高圧縮HEVCの採用により処理を高速化(VR Utility・Win版のみ)
5.Apple Siliconへの対応 (VR Utility/ Plugin・Mac版)
6.レンズマスク機能(VR Utility/ Plugin)
7.バージョンアップへの誘導(VR Utility/ Plugin)
8.Cam.start.canon VRサイトへの誘導(VR Utility/ Plugin)
9.VR使用状況のデータ収集(VR Utility/ Plugin)
10.対応カメラ以外の機種で撮影されたクリップへの対応 (VR Utility/ Plugin)
以下、検証を交えながら、順を追って解説していく。
▲EOS VR Utility v1.2
1.GPU対応オプションの追加による処理の高速化(VR Plugin)
EOS VR Plugin for Adobe Premiere Proは、EOS VR SYSTEMで撮影したファイルを、Adobe Premiere Proにおいてシームレスにポスプロ編集するためのPluginである。180度VR編集に対応しているAdobe Premiere Proに、変換処理を介すことなく撮影ファイルをダイレクトに読み込めるので、工数の短縮や画質の劣化を防ぐメリットがある。
しかしながら、これまでは、汎用性を優先するあまり、VR変換処理の過程でCPUを利用しており、GPUを搭載したPCを使用していたとしても、GPUを活かした処理速度の改善には結びついていなかった。今回のアップデートでは、CPU処理に加え、GPU処理を追加することで、処理速度の高速化が実現された。(CUDA for Windows/ Metal for Mac)因みに、スタンドアローンのアプリであるEOS VR Utilityは、すでにv1.1.2において、GPU対応していたのだが、今回のアップデートで、さらに処理速度が改善されている。
▲Pluginのv1.2のアップデートに伴い、GPU処理が追加された。
▲EOS VR Utilityは、v1.1.2において、GPU対応済み
2.速度優先オプションを追加(VR Plugin)
これまでのファームウェアでは、Adobe Premiere Proにおける編集作業中、EOS VR Plugin独自のVR変換処理がおこなわれていた為、Premiere Proのネイティブな処理速度を活かすことが出来ないという難点があった。これが今回のアップデートにより、「魚眼表示」をオンにすることで、魚眼画像のままの状態でも編集が実行できるように変更され、編集終了後にVR変換処理を適用させることで、編集時間を短縮するという速度優先の選択肢が可能になった。
また、プロジェクトウィンドウ内のクリップに対して、設定をコピー&ペーストすることにより、魚眼表示を一括してオフにして、まとめてエクイレクタングラー(正距円筒図法)へ変換したり、変換内容のパラメータをまとめて適用することができるようになった。これにより、再生がスムーズに維持されて、ワークフローが高速化した。EOS VR Utiltyにおいても、魚眼表示が追加されており、VR変換処理を後にスキップさせることが可能になったので、低スペックなPCを利用する場合などは、恩恵が感じられるだろう。
▲Premiere Proの「エフェクトコントロール」に、EOS VR Pluginの項目に「魚眼表示」が追加されている。
▲魚眼表示の状態のプレビュー画面。魚眼表示をオンにすることで、速度優先が図れる。
▲魚眼表示をオンにしたクリップに対して、編集終了後に魚眼表示をオフに切り替えることで、エクイレクタングラー(正距円筒図法)への変換を、書き出し前にまとめて適用することができる。
3.RAW動画への対応(VR Utility)
これまでEOS VR Utility/VR Pluginでは、EOS R5とR5 Cで撮影可能なRAW動画のフォーマットに対応していなかった。 当然、R5Cで撮影可能な8K 60fps(Cinema RAW Light)も、180のエクイレクタングラー形式に変換できない。このため、ユーザーからもRAW動画のサポートが強く望まれていた。今回のEOS VR Utilityでは、新たに「RAW現像」のタブが追加され、同社が提供しているCinema RAW Developmentと同等のRAW現像機能をVRに特化した形で移植している。但し、この場合の「RAW現像」は、あくまでもRAW動画のみにおいて可能であり、RAW静止画は非対応である。
▲「RAW現像」のタブでは、Cinema RAW Developmentと同様の要領でRAW動画が現像できる。ホワイトバランス、色温度、ISO感度、明るさ、シャープネス、NRが調整でき、色空間、ガンマが変更可能だ。従来のVR補正項目は、「VR補正」のタブにまとめられている。
▲RAW現像タブの「高速現像」は、クリップを簡易的に現像して、プレビュー画面で再生できるようにする機能。
▲EOS R5Cで8K 60fpsの撮影を実行するには、外部電源による給電が必要になる。写真は、筆者が利用したモバイルバッテリーによる給電の模様。
作例動画
EOS R5C Cnema Raw Lite 8K 60fpcで撮影(レンズマスク適用なし)
4.高圧縮HEVCの採用による処理を高速化(VR Utility・Win版)
EOS VR UtilityのWindows版では、中間コーデックとして、DPX(Digital Picture Exchang)が採用されていた。DPXは、非圧縮の静止画の連番ファイルで、カラーグレーディング耐性が高いのだが、ファイルサイズが非常に大きく、処理に時間を要するため、ハンドリングとしては重く感じられた。
今回のアップデートでは、DPXに加え、高圧縮フォーマットであるHEVC 4:4:4 10bitが追加されたことで、Windows環境において、より快適なワークフローが実現した。
因みに、HEVCとは、High Efficiency Video Codingの略で、「H.265/MPEG-H HEVC」という動画コーデックである。H.264の倍の圧縮率なので、半分のデータ容量とビットレートで同様の画質を表示できることになる。
また、4:4:4は、カラーサンプリングにおいて、色情報を100%持っていることを表している。
▲EOS VR UtilityのWindows版 v1.2のエクスポート画面。HEVC 4:4:4 10bitの変換オプションが実装された。HEVC 4:4:4 10bitの変換オプション表示の為には、NVidiaの対象GPUが必要となる。
5.Apple Siliconへの対応 (VR Utility/ Plugin・Mac版)
EOS VR Utility/EOS VR Pluginは、これまでApple Silicon搭載のMac機には、非対応であった。Appleから用意されているIntel Mac向けのソフト等をApple Siliconで動かすためのRosetta 2を用いれば、一応は動作するのだが、処理が遅くなるというデメリットが発生してしまう。今回のv1.2では、Apple Siliconにネイティブに対応することで、利用範囲の拡大が図られている。
▲EOS VR Utility Mac版のv1.2.0のプロセッサの項目。筆者のM1チップ搭載のMac Book Proにも対応
6.レンズマスク機能(VR Utility/ Plugin)
RF LENS RF5.2mm F2.8 L DUAL FISHEYEで撮影した場合、映像の端に、並列のデュアルレンズならではのレンズの映り込み(ケラれ)が発生する。それはVRヘッドセットで視聴した場合でも、支障がない程度のものではあるが、人によっては、気にされる場合もあるかも知れない。今回のアップデートでは、レンズの映り込みと周辺のエッジ部分をマスクする機能が追加されている。
▲EOS VR UtilityのVR補正タブのレンズマスクのメニュー
▲レンズマスク機能を適用した状態
▲レンズマスク機能をオフにした状態(サイドバイサイドの画像の中央部分の隣接した箇所に、隣のレンズの映り込みがある。)
作例動画
EOS R5C Cnema Raw Lite 8K 60fpsで撮影(レンズマスク機能を適用)
7.バージョンアップへの誘導(VR Utility/ Plugin)
新バージョンのアップデートが公開された際に、アプリやPluginから、ダウンロードページへ誘導される機能が追加された。
▲新バージョンへのアップデートの誘導
8.Cam.start.canon VRサイトへの誘導(VR Utility/ Plugin)
アプリやPluginから、使用説明書やサブスクリプション契約のサイトへ誘導される機能が追加された。
▲cam.start.canonのサイト
9.VR使用状況調査(VR Utility/ Plugin)
アプリやPluginの使用にあたって、VR利用状況データ収集の可否が尋ねられる。ユーザーが利用状況のデータ収集に協力することで、アプリやPluginの動作の安定性の確保や次期バージョンの仕様改善などに繋がるという。(中国以外でおこなわれる模様。)
▲使用状況調査の画面
10.対応カメラ以外で撮影されたクリップへの対応(VR Utility/ Plugin)
EOS VR SYSTTEMに正式に対応しているカメラは、前述の通り、EOS R5とR5Cである。それ以外のRFマウントのカメラでは、撮影はできてもVRを認識させるためのメタデータがファイルに付加されないため、EOS VRアプリでは対応できずに、Mistika VR等のサードパーティーのステッチソフトを使用せざるを得なかった。
今回のバージョンアップでは、以下の機種において、VRのメタデータがなくても、映像のExif情報から得られるレンズのデータを利用することにより、アプリ側でVR画像の変換に対応できるようになり、実質、対応機種が拡大された形となった。
<対象機種>
・EOS R3 /EOS R6 / R6 Mark IIのVR対象動画(MP4とRAW動画)
及び、カメラで記録したJPEG画像
・EOS R5/R5C/R3/R6/ R6 Mark IIのRAW静止画から現像したJPEG画像
ただし、以下の注意点がある。
RF5.2mm F2.8 L DUAL FISHEYEを使って撮影した180度VR映像の変換においては、あくまでもEOS R5とEOS R5Cを用いて撮影した場合のみ、全機能を利用することができる。ファームウェアやアプリに非対応であるEOS R3/EOS R6 /EOS R6 MarkⅡについては、撮影は可能であるが動作保証外となっており、一部機能制限がある。
具体的には、自動水平補正は機能しない(パン・チルト・ロール等の手動調整は可能)。その他、カメラ上では、YouTube上のデフォルトの見え方を想定したマジックウィンドウ表示、拡大・ピーキングの表示がなされない。そして、モバイルアプリのCamera Connect、また、EOS VR SYSTEMでは、構造上、左右の魚眼レンズの映像が左右逆に記録されるのだが、PCアプリのEOS Utilityを用いて、リモートでカメラコントロールをする場合、左右逆の魚眼表示のままとなり、エクイレクタングラー(正距円筒図法)表示、左右入れ替え表示も機能しない。(カメラの背面液晶と同じ表示の状態)
また、EOS R7やR10といったAPS-Cの機種、EOS RやRPといったクロップ機種は、撮影自体は可能であるものの、画角が切れたり、アプリに読み込めない等の不都合があるため、実質的には使用は不可である。
▲EOS R6にRF5.2mm F2.8 L DUAL FISHEYEを装着して撮影をしてみた。解像度は、EOS R5やR5Cに及ばないが、対応機種の範囲が拡大することは、VR映像の普及に繋がる
▲レンズ装着時のレンズ制限のアラート表示
▲サポート以外のカメラのクリップに対するEOS VR Utilityの機能制限のアラート
▲EOS R6で撮影して、EOS VR Utilityでエクイレクタングラー(サイドバイサイド)に変換処理したJPEGの静止画(マスクなし)
▲EOS R6で撮影して、EOS VR Utilityでエクイレクタングラー(サイドバイサイド)に変換処理したJPEGの静止画(マスクあり)
まとめ
今回のアップデートでは、EOS VR SYSTEMの対応カメラや使用するPCのアドバンテージが十分に発揮されるように、大幅に機能拡張が図られており、大変評価できる内容になっていると思う。
中でもGPU処理による高速化、RAW動画対応、Apple Silicon対応については、特にユーザーの要望が多かったリクエストである。
また、これまでスタンドアローンのアプリでは、中間コーデックとしてProResを利用する選択肢はMac版のみであった。Windows版の場合は、重い非圧縮のDPX処理に頼らざるを得なかった訳だが、今回、高圧縮のHEVC 4:4:4 10bitが追加されたことで、こちらを活用できるようになったことも有り難い。
そして、EOS R5やR5CのRAW動画を利用できるようになったことは、データ容量は膨大になるものの、調整の幅が格段に広がり、高画質が求められるVR映像にとって大きな貢献になる。それから、VR動画では、高速なフレームレートがVRヘッドセットにおける視聴に適しているので、R5CのCinema Raw Lightの8K 60fpsが利用できるようになったことも喜ばしい。
静止画のRAWファイルまで対応されていない点は残念であるが、メタデータなしのJPEGファイルの変換には対応しているから、静止画をRawで撮影した場合でも、先にDPP(Digital Photo Professional)やAdobe Camera Raw、 Adobe Photoshop Lightroom等で現像処理をおこない、JPEGファイルとして書き出したものを、EOS VR Utilityで変換するというプロセスが使える。
そして、動作保証外であり、一部の機能制限が生じるとはいえ、実質、対応機種がEOS R3 /EOS R6 / R6 Mark IIに拡大されたことは、VRクリエイターの裾野の拡大にも繋がるのではないだろうか。
尚、EOS VR UtilityとEOS VR Plugin for Adobe Premiere Proは静止画および2分以内の180度VR動画作成は無償で利用できるが、2分を超える180度VR動画の作成については有償となっている。有償版を希望する場合は、 Canon Imaging App Service Plansから申し込むことになる。(Canon ID登録が必要)有償版は、いずれも月間のプランが550円、年間プランが5,500円のサブスクリプションとなっている。すでに加入しているユーザーは、1.2のバージョンも継続して利用することができる。