360度全天球カメラTHETAの最新モデルRICOH THETA Xが、3月30日に国内で正式発表され、いよいよ5月中旬に発売が開始される予定だ。価格はオープン価格で、想定価格は11万円前後の見込み。今回のTHETA Xは、2.25型の大型LCDタッチパネルを搭載。最大11Kの静止画、5.7Kの動画の高精細な360度撮影、スマートフォンなしでの本体からのライブビュー、設定、操作、再生を可能とし、カメラ内ステッチ処理を実現しているのが特徴だ。ターゲットとしては、主に不動産、自動車販売、建設業等でのビジネスユースを想定、機能と使い勝手を極めたアドバンスドモデルとなっている。今回の記事では、いち早く実機を試用したレビューをお送りする。

文◎染瀬 直人

 

概要

THETA Xは、THETAシリーズの8代目のモデルとなり、1/2.0型のイメージセンサーを2基搭載。レンズは、f2.4固定。静止画が11K(11008×5504)、5.5K(5504×2752)。動画が5.7K(5760×2880)30fps、4Kの場合は最大60fpsの撮影が可能な仕様となっている。静止画における高画質を実現したフラッグシップ機のTHETA Z1と、シンプルな操作系の入門者向けエントリーモデルのTHEA SC2の中間に位置付けられたアドバンスドモデルである。海外では、この1月に発表、3月に先行発売されていた。コロナ禍のビジネスシーンにおいては、ますます360度画像の需要が高まっているが、このTHETA Xも、不動産のリモートによる物件の内覧、中古車自動車販売での購入前の車内の確認、建築・建設現場における記録撮影や作業や工事の進捗管理、その他、教育、医療や介護の現場等での業務用途の利用が想定されている。

また、プライベートの場面で、カジュアル且つ高品質な撮影をしてみたいというユーザーの利用も含まれるだろう。前アドバンスドモデルとされていたTHETA Vの後継機というよりも、​​Theta SC2 for Businessをアップグレードさせたイメージにより近いのかもしれない。新たにターゲットをよく見極めて、撮影慣れしていないユーザーでも、高品質な360度撮影を容易に実行できるように設計されている。必要な機能を吟味して性能をアップデートしつつ、ユーザーの声を取り入れて使い勝手を追求したモデルである。THETA Xでは、V、1に引き続いて、AndroidベースのOSが採用されており、プラグインの実装が可能となっている。

THETA Xの主な特徴を、以下に挙げてみる。

・THETAシリーズ初の2.25型タッチパネルを搭載し、各種設定、撮影のライブビューや撮影後の閲覧まで、本体のみでストレスなく操作が可能。
・最大11K 6,000万画素の360度静止画。
・輝度差の大きい室内撮影の場面等に効果的なHDR撮影機能の高速処理を実現。
・最大5.7K 30fps、4K 60fpsの360度動画撮影。
・手ぶれ補正機能の見直し。
・ユーザーより要望の多かったバッテリーとmicroSDXCカードの交換に対応し、チャンスを逃さずに撮影をおこなうことができる。
・無線接続の手順が見直され、Bluetooth経由により、スマートフォンとの接続性を改善。また、画像転送処理速度も向上している。(THETA Vの1.5倍程度)
・操作しやすくなったクライアントモードにより、本体から直接ファームウェアのアップデートや、プラグインのダウンロードが可能に。
・GPS機能を内蔵し、本体のみで正確な位置情報を取得。Google Street Viewなど、マップの利用に活用できる。

▲THETA Xのセット一式。

▲左から、THETA SC2、THETA X、THETA Z1、theta sc2 for Business

 

外観について

THETA Xの外観の特徴として、THETAシリーズ初となる2.25型の大型表示タッチパネルの実装が挙げられるだろう。このようなUIを持つことで、スマホに頼らずとも、ライブビューから、各種設定、操作、撮影情報・画像の表示、再生まで、殆どの機能が本体のみで可能になった。スマホによるリモート撮影は、便利な反面、WiFiの接続などが煩わしい面もある。これまでのTHETAシリーズでは、本体のみで設定・操作は限定的だったが、THETA Xであれば、必要に応じて、本体とアプリの操作を使い分けることができる訳だ。

デフォルトの表示画面では、ライブビュー表示、撮影モードの切り替え、撮影可能枚数、記録時間、オートやマニュアルの切り替え、セルフタイマー、サイズ、フレームレート等の設定が可能だ。画面を一番下から上方向にスワイプすると、撮影の各種パラメーター設定画面が現れる。再度、上方向にスワイプすると撮影設定画面に移行する。(撮影設定ボタンを押すことでも、撮影設定画面が表示される。)

下方向にスワイプした場合は、カメラ設定画面が表示される。右方向にスワイプすると撮影後のサムネイル画像の一覧を確認できる再生画面になり、左方向にスワイプするとプラグインの選択画面が表示される。ライブビュー表示やプレビュー表示は、スワイプすることで、ぐりぐりと360度の画角を表示することが可能になっている。

シャッターボタンは、これまでの丸型のものではなく半月状になり、大きな領域に渡って押せるようにデザインが変更されている。また、タッチパネルをタップして撮影できるタッチシャッター機能も搭載。シャッター操作がとても容易になった。側面のボタンは、電源モード、MODE切り替えボタンの2つだけとなり、その下にUSB Type-Cの端子が設置された。横付けなので、スタンド設置時にエクステンションアダプターがなくても、給電やライブストリーミングがおこないやすくなっている。反対側の側面には、スピーカーが配置され、その下のカバーを開けるとバッテリーとmicroSDXCカードのスロットが実装されており、ユーザーから要望の多かったそれぞれの交換が可能になった。

本体の外装には、堅牢で放熱性に優れたマグネシウム合金が採用、ダークグレーのカラーリングに、梨地のメタリックなコーティングが施されていて、デザイナーのこだわりを感じさせる。

THETA Xのサイズは、136.2×51.7×29.0mm、重さは170g(電池・microSDXCカードの重量を含む)。タッチパネル、バッテリースロット、マイクロSDカードスロット等を実装したことで、THETA VやSC2より 高さが5.6mmほど、また厚みが6.5mmほど増している。

▲THETA Xの正面。2.25型TFTカラーLCDタッチパネルを搭載。半月状のシャッターボタンも印象的だ。

▲タッチパネルから、各種設定や360度プレビューの操作が可能だ。

▲タッチパネル表示。

▲タッチパネルのパラメーター設定画面。

▲タッチパネルの撮影設定画面。

▲タッチパネルのカメラ設定画面。

▲サムネイル画像の一覧が表示される再生画面。

▲プラグインの選択画面。THETA Xのプラグインは、Z1とVとUIが異なるため、新たに開発されることになる。発表時点では、Wireless Live Streaming​​​​​​のみが用意されている。

▲円形から、新たに半円形のデザインに変更されたシャッターボタン。これまでのモデルより大きなサイズとなり、位置もだいぶ下に配置されている。

▲タッチパネルをタップすることで撮影ができるタッチシャッター機能。

▲THETA Xの側面の電源ボタンとMODE切り替えボタン。

▲反対側の側面には、スピーカーが配置。下部には、バッテリーとmicroSDXCカードのスロットを覆うカバーがある。

▲側面の下部に横付けで設置されたUSB Type-Cの端子

▲カバーを開けると、リチウムイオンバッテリーとmicroSDXCカードのスロットが設けられている。

▲THETA X(左)とTHETA SC2の厚さの比較。

 

 

静止画性能とHDR撮影について

静止画の撮影性能は、最大11K(およそ6,000万画素)であるが、デフォルトは5.5K(1,500万画素)とされている。これは処理速度、転送スピード等を鑑みての判断と思われる。11Kを選択するには、タッチパネルやアプリから、サイズを変更する。Z1に搭載されていたRAW(DNG)撮影の対応はなく、JPEGのみである。THETA Xの画づくりは、他社の競合機種と比較して、ニュートラルな発色に設計されており、シャープ感もほどよく感じる。

11Kの場合、スマホへの無線転送速度に若干、時間が掛かる。低照度の場面で、ノイズが発生する場合もあるので、使用目的により、上手く使い分けると良いだろう。撮影感度は、ISO3200まで設定可能だが、デフォルトでは、5.5Kの場合、上限値はISO1600まで。11Kは、上限値 ISO800までに設定されている。

低照度の場面では5.5Kを、明るい場面では11Kを利用するといった使い分けが想定される。高輝度と低輝度領域の境界となる木々の枝の辺りや窓枠などに発生するパープルフリンジ(偽色)も、THETA Xでは抑制されている。また、赤玉と呼ばれるゴースト発生についても、Z1同様の対策が施されている。

▲THETA X 11K 静止画。明るい環境では、高解像度のアドバンテージを発揮できる。従来機種や競合機で見られがちだった赤玉と呼ばれるフレアも、Z1同様の対策が施されて、発生が抑えられている。

THETA X 11K – Spherical Image – RICOH THETA

▲360度全天球で見る

 

 

▲THETA X 5.5K 静止画

 

THETA X 5.5K – Spherical Image – RICOH THETA

▲360度全天球で見る

 

不動産や車の撮影等で威力を発揮するHDR撮影については、色味や合成処理の面で、肉眼での見た目の状態に近い自然な仕上がりを感じる。

VやZ1に搭載されている手持ちHDRの選択肢はないので、ゴーストが発生しないようにスタンド等に設置して、据え置き(固定)で撮影することになる。

11Kであれば、明るめのシーンのHDR撮影に適している。

5.5Kの場合、画質はVやSC2と同等でありながら、HDRの合成処理速度やスマホへの転送速度が、格段にスピードアップしていると感じた。山の物件を時間内でこなしていく業務では、威力を発揮することと思う。

▲11KでHDRオフで車内を撮影。

▲11Kで車内をHDR撮影。窓外の外景のデティールが、自然に合成処理されている。

 

THETA X 5.5K – Spherical Image – RICOH THETA

▲360度全天球で見る

 

また、THETA Xでは、撮影者の映り込みを避けるタイムシフトや、1秒間に20枚(5.5K静止画)の連続撮影が可能な連写モードが、予め実装されている。

THETAシリーズでは、タイムシフトの機能は当初、Time Shift ShootingとしてTHETAプラグインのラインナップの中に用意されていたが、THETA SC2 for Businessでは、セルフタイマーの設定から選択ができるようになっていた。THETA Xでは、撮影設定の撮影方法から、通常撮影より切り替えて、タイムシフトを指定できる。また、同じく撮影方法の項目にあるマルチブラケットモードは、CG業界で背景を制作する際に重宝されている機能だ。

そして、THETA Xでは、これまで要望の多かったGPSが内蔵され、内蔵GPS機能とそれを補助するためのA-GPS(補助GPS)機能に対応。基本的には本体のみでも、正確な位置情報取得が可能となっている。

フロントとリアのレンズの撮影を時間差でおこない、その間に撮影者が場所を移動、映っていない範囲を合成することで、映り込みを回避するタイムシフト機能がデフォルトで実装された。不動産の物件撮影等で有用な機能だ。


▲モバイルアプリの再生画面に表示されるメタデータ。下部がGPS情報

 

 

動画性能について

動画については、これまでのTHETAシリーズの最大解像度を上回る5.7K(5760×2880)30fpsを達成している。また、4K 60fpsにも対応し、選択肢が増えた。他社の製品には、すでに8Kや6K弱の解像度を実現している機種もあるので、スペックについては正直目新しいことではないのだが、THETA Xの動画性能の最大のアドバンテージは、撮影時点にカメラ本体内部で、動的つなぎ処理及び天頂補正を可能にしたことである。リアルタイムステッチ処理は、これまで一部の高価格帯の製品にしか搭載されていなかった機能で、現行の同価格帯の競合機種にも、これまでのTHETAのシリーズにも実装されていない。これにより、パソコンでのアプリを用いたエクイレクタングラー(VR映像や360度パノラマの標準的な投影法である正距円筒図法)への変換が不要になり、撮影直後にそのまま使用できるファイルが生成されているので、データの転送時間や工数を大きく短縮することができるのだ。

動画の撮影モードは、4K30fpsと2K30fpsを選択する場合、カメラ本体の撮影設定の動画サイズから指定することになる。動画をスマホで引き取る場合は、4K30fpsか2K30fpsで撮影する必要があり、5.7K30fpsや4K60fpsは、スマホからは撮影の操作は出来ず、その場合は、カメラ本体から設定してシャッターを切るか、Bluetoothリモコン TR-1を接続してシャッターを切ることになる。

動画の最大記録時間は、1回につきデフォルトで5分と設定されているが、25分に変更ができる。RICOHの見解によれば、THETA Xは、IEC62308-1規定等の製品安全基準に沿って設計されており、動画の撮影可能時間は、48度でサーマルシャットダウンするように制御されている。よって、4K30fpsの場合は25分ほど、4K60fpsでは10分、5.7Kでは11分程度でサーマルシャットダウンする。(FW V1.00、25度環境、無線LANオフの状態で。)

手ぶれ補正については、THETA VやZ1より改善されているが、Insta360のFlowStateやKandaoのSuperSteadyなどの強力な手ぶれ補正と比較すると、効果は弱く感じる。そもそも、商品企画として、アクションカメラ的な動きは想定されていないので、アップデートで更なる改善がない限り、主に据え置きの動画撮影に用いて、移動撮影の場合は、慎重におこなうことをお勧めしたい。

▲THETA Xでは、撮影時に動画も静止画もステッチ処理が成されている。

▲Z1では、撮影時点では、円周魚眼の2つのレンズから得られた画像は、ステッチされていないので、後処理が必要になる。

 

●THETA X 5.7K 30fps

4Kと比較すると、デティールの描写が良く、解像感の違いを感じる。

 

●THETA X 4K60fps

 

 

●THETA X 手ぶれ補正作例 4K 30fps

 

作業効率に貢献する機能と改善点について

THETA Xでは、Bluetoothを介してスマホと接続することにより、初期接続時のSSIDの入力が不要となった。また、複数のアンテナを用いてデータを送受信するMIMO無線通信技術を搭載。動画撮影時にステッチと天頂補正の処理をおこなうことで、スマホへの転送も、高速でおこなえるようになっている。

デフォルトの5.5K(約1500万画素、約4MB/枚)の静止画の場合、無線転送速度は、Vのおよそ1.5倍、HDR合成処理の所用時間は、Vの約1/3に短縮されている。

これまでTHETAのシリーズにおいては、小型・軽量の筐体に強いこだわりがあり、バッテリーやストレージを内蔵とする設計を守ってきた。

今回のTHETA Xでは、ユーザーからの要望に応えて、初めてバッテリー(リチャージブルバッテリー DB-110)とmicroSDXCカード(64GB以上、UHS-I V30のビデオスピードクラス)の各スロットが設けられ、交換が可能になった。これにより、大きなデータ容量を必要とする動画撮影にも安心して臨めるし、バッテリー切れで、撮影のタイミングやチャンスを逃すことも減るだろう。本体にも、VやSC2の2~3倍以上の約46GBの内蔵ストレージが備わっているので、万一、microSDXCカードを忘れても撮影を実施することができる。また、内蔵ストレージで記録したデータを、microSDXCへ移動できる機能も便利だ。

但し、試用した印象では、1350mAhのリチウムバッテリーの消耗は、かなり早いと感じた。静止画を夢中で撮影しつつ、動画を少し撮影という按配だと、1~2時間程度でバッテリー交換になる印象だ。THETAシリーズの充電は比較的早いので、休憩時に充電をおこなえば、ある程度、パワーは回復すると思われるが、なるべく予備のバッテリーを用意しておくことをお勧めする。バッテリーの消耗を防ぐ回避策としては、必要がない場面では、スマホと接続しないことである。

USB Type-Cの端子が側面横に配置されたので、スタンドに取り付けている状態でも、エクステンションアダプターを用いずに給電できるようになったのは便利だ。それでも、給電しながら動画撮影したり、ライブストリーミングをおこなう際には、映り込みに注意したい。

尚、バッテリーやmicroSDXCカードのスロットの実装、タッチパネルの搭載により筐体に厚みが増したためと思われるが、最短ステッチ距離は、VやSC2の10cmから、Z1同様の40cmとなっている。


▲THETAアプリの無線LAN接続導入画面。「アクセスポイントモード」のアイコンをタップすると、THETA Xでは、Bluetoothを介して無線LAN接続、また、従来機種同様に無線LANのみでも接続することが可能。(発表前の試用の都合のため、モバイルデバイスのOSの言語を英語表記で使用している。)


▲モバイルデバイスのTHETAアプリの転送画面。THETA Xの5.5K(約1500万画素、約4MB/枚)の静止画、無線転送速度は、Vのおよそ1.5倍と非常に快適だ。

▲ユーザーの要望に応えて、交換が可能になったバッテリー。1350mAhのリチウムバッテリーの消耗が早いので、業務等で使用するなら、予備バッテリーは必須だろう。

 

 

まとめ

THETA Xを試用してみて、スペックの追求よりも、ターゲットユーザーを見極めた上で、使いやすさと安全性に主眼を置た設計思想を感じた。歴代のTHETAの機能を徹底的に吟味、整理して、360度カメラのトレンドも取り入れながら、うまくまとめあげた製品という印象だ。商品企画の担当者や開発者が心血を注いだと思われるユーザーフレンドリーな操作系とシンプルなワークフローの実現により、ユーザーは作業の効率化を図ることができるだろう。

THETA Xでは、AndroidのOSが搭載されているので、本体機能をさらに拡張するプラグイン(アプリケーション)の開発と公開が可能になっている。

タッチパネルの搭載によって、より高度なUIの実装も可能となることが予想され、サードパーティーのプラグインの可能性も広がると思われる。実は、8K 10fpsの撮影もAPIで対応しており、この機能を用いることで1秒ごとにGPSの位置情報を付加することができる。その他、8K 2/5fps、5.7K 2/5/10fpsがAPI対応する。

また、RICOHでは、RICOH360 Tours(不動産向け)とRICOH360 Projects(建設向け)のサブスクリプションサービスであるRICOH360を手掛けており、今後はTHETAとクラウドサービスが連携したビジネスを強化、ユーザーの利便性を図る。プラグインストア以外で扱う物件撮影用のプラグインなども開発する模様だ。

THETA Xは、競争の激しいコンシューマーVRカメラの領域において、ユーザーフレンドリーという基本的な要素と、製品とサービスの一体化によって、競合機種との差別化を打ち出した製品と言えるだろう。