日本のドラマや映画ではこれまで見たことのないようなカーチェイスシーン。
映像のクオリティの高さだけでなく、そもそもこういった撮影ロケが日本国内でできるのかと映像制作関係者であれば思うに違いない。この映像はソニーPCLとTYO driveにより、LEDウォールを活用したバーチャルプロダクションのより実践的な可能性の探求のために共同制作されたもの。
全編を「清澄白河BASE」のスタジオ内で撮影したというショートムービーの制作方法と手応えについて制作スタッフに話を訊いた。

構成・文◎編集部 一柳

 

 

『drive』

タイトルは『drive』。技術検証の作例ではなく、単純にショートムービーとして見てほしい作品。日本でもこれが撮影できるということを日本の業界のみならず、世界に向けて発信したかったというだけあり、純粋にストーリーに引き込まれる作品になっている。

 

メイキング動画

 

お話を伺ったのは、左からソニーPCL 助田喜久氏、同じく寺井 司氏、ディレクターの徳平弘一氏、TYOのプロデューサー石川竜大氏、同じく阿部知史氏。取材場所は清澄白川BASE、撮影はLEDディスプレイの前で。

 

「清澄白河BASE」のバーチャルプロダクションとは?

バーチャルプロダクションとは、仮想背景をリアルタイムで組み合わせる撮影技術のこと。今回使用しているLEDウォールを使用したインカメラVFXは、大型LEDディスプレイ、カメラトラッキングとリアルタイムエンジンを組み合わせている。3DCGを中心としたバーチャル背景を大型ディスプレイに表示し、現実空間にあるオブジェクトや人物をカメラで再撮影することで、リアルタイムでCGと実写を合成した映像制作を実現する。

ソニーPCLは、LEDディスプレイとしてソニーのCrystal LED Bシリーズを使用した自社のクリエイティブ拠点「清澄白河BASE」を中心に提案を行なっており、2022年2月1日の拠点オープン以来、CM、映画、TV番組、ミュージックビデオ、ライブパフォーマンスなど、様々なジャンルの映像制作が行われている。

 

 

書き割りを超えてリアルを目指す

クオリティを求める現場で使ってほしい

寺井(ソニーPCL)  2021年から大型LEDディスプレイ、カメラトラッキングとリアルタイムエンジンを組み合わせたバーチャルプロダクションのサービスの展開がスタートして、新しい技術に対してアンテナの高いクリエイターに使っていただいてきましたが、さらに映像制作のひとつの選択肢として、クオリティを求める現場で使っていただくタイミングが来たと思っていました。

そこで大手コンテンツプロデュースカンパニーのTYOさんに、力のあるクリエイターにこのバーチャルプロダクションを使っていただき可能性を引き上げるようなチャレンジができないかと相談しました。これまでの制作手法としてロケとグリーンバックがある中で、LEDディスプレイの特徴は自発光であるというところ。光を発した時に目の前にその光を受ける物体があると、より生きてくるという技術なので、その利用で相性の良いものをというと、やっぱり車ですね。実際に海外での制作事例も多い。車を使ってさらに表現を引き上げたいということがありました。

石川(TYO) この技術と手法は以前から海外の映像作品のメイキングなどで目にしていて、日本でもテレビの報道やPRイベントで活用していたのは知っていましたが、映像のクオリティやクラフトを求める現場ではまだ難しいと思っていました。ソニーPCLのシステムを研究するにつれて、いよいよクオリティを求める現場に持ち込めるのではないか、特に制限の多いCM制作での活用は表現の幅を広げることができるのではないかと思いました。プロデューサーとしては、この技術を自分の一般的な引き出しにすることにより、沢山のアイデアを解決する手法のひとつにしたいと思いが強くなりました。そんな時に、ソニーPCLの寺井さんからお声がけいただきました。

 

カーチェイスが撮りたい

石川 誰にディレクターをお願いするかというのが一番重要です。車の走行シーンで可能性を伸ばせるディレクターは誰かと考えて、徳平弘一さんにお声がけしました。さらに一緒にチャレンジしてくれるスタッフを集めるのが大変です。ただここを整えなければこの手法は普及しません。積極的に関わってくれるスタッフがいて助かりました。

寺井さんからは車のCMにチャレンジしてくださいと言われていたのですが、徳平さんに依頼したらカーチェイスというとんでもないコンテが上がってきまして(笑)。

寺井 自動車メーカーでの使い方というと、このスタジオに7:3カット(車体を美しく見せる定番カット)で置いて気持ち良い風景の中を走るというシチュエーションが多かったのですが、走行シーンでどれくらい良いものが作れるのかチャレンジしたい、しかも2台の車を使ってというのはすごく面白いことになるなと思いました。

徳平(ディレクター) お話をいただいた時に、ソニーPCLさんから映像業界を変えて行きたいという志を感じたんです。だから車のCMを綺麗に撮るということがゴールじゃないと思いました。

私も実際仕事をやっていて、作り手は何を思って撮るかと言うと、7:3のカットを依頼された時に普通に撮ってたまるかという気持ちでいるんです。もっと素敵に、もっと面白くするにはどうしようかと常にアプローチしている。ということは、そういうものがたくさん詰まったものが、この技術のポテンシャルを測るものになると思ったんです。そうなった時に見たこともないアングルを撮っていきたいと思いました。ワイドなアングルで複雑な動きをしてどんどん引いていくとか、多分志のあるクリエイターはそういったことを求めると思うんです。

そこでまずは絵コンテを描き、どう切り取って行くかという検討のために、一度駐車場に車を置いてカメラで撮影していきました。それからVコンを作りこれがこのスタジオで撮れるのかという検証をしました。

結論から先に言うと、最後の撮影段階では、かなり背景の動きは対応してくれましたし、床やLEDスクリーン外の部分も別の技術を組み合わせることで(後述)、満足のいく表現になったと思います。ポテンシャルとしてはかなり高いと感じました。

 

絵コンテとVコンが盛り込まれた香盤表

ディレクター徳平氏が作成した絵コンテとVコンが貼られた香盤表。絵コンテは企画段階から作成され、Vコンで検討していった。香盤表にはVコンのキャプチャ画も貼られている。Vコンは予算面、技術面、演出面の検討のために必要で、そのバージョンは20を超えてブラッシュアップされていった。

 

 

通常と異なるワークフロー

石川 まず駐車場で撮るというのは、徳平さんがいわゆる設計図を作る作業で、その設計図が出来上がった時に制作費を計算してみるとコスト的に見合わないので、内容を壮大なものから、実現可能なものに調整していくという作業を約2カ月かけて行いました。

その後、一度、撮影とUnreal Engineのチームが集まって実現が可能かどうか、課題が何であるのかを知った上で、徳平さんが改めてコンテを描き、Vコンをバージョン20くらいまで作りブラッシュアップしていきました。それからCG空間を作ってもらって、アングルがこうなる時に、背景のCGがどうなるかを再現してみて、できるかできないかを検討していくのです。そうするとコスト的にも見えてきます。今までとは全く異なる手法でした。

徳平 パソコン上のCG空間にこのスタジオを作って、そこにカメラを置いてレンズを決めてこう動くと見切れるとか、カメラの動く速度をどれくらいにするといいのかという検証ができました。前日にこのスタジオで車とカメラを入れた時に作業はスムーズでした。作る段階で大きな省エネになりますね。

助田(ソニーPCL) シミュレーションの段階では、Unreal Engineのバージョン5.1(以下UE5)を使いました。実際に本番でアセットを出すときはUnreal Engineバージョン4.27(以下UE4)で出しています。

というのもシミュレーションのクオリティとしてはUE5のほうが高く、たとえば可動式のLEDを車の横に置いた時に反射が本当に車全体に映るのかどうか、カメラワークをした時にLEDが見切れてこないかなど、できるだけリアルなシミュレーションを作りたかったので、UE5が有効でした。ただ本番撮影の昨年段階ではUE5は検証中でUE4での実績がまだ多かったため、UE4を使用しています。

徳平 このスタジオで撮影可能かどうかのシミュレーションをすることで、技術的、予算的に可能かどうか、そして映像として魅力的かどうかという演出的な検証ができます。このアングルが難しいとなったらアングルを変える、引ききれないとなったら背景を足そうということになります。

助田 バーチャルプロダクションにおいては、プリビズであったり、ストーリーをどれだけ事前に作り込めるかというのは本当に重要で、グリーンバックとの大きな違いはそこです。

グリーンバックであれば、最初のCGはラフで現場で撮影してからCGを作り込むというワークフローは可能だったのですが、バーチャルプロダクションでは撮影の段階でCGが100%完成していなければなりません。どれだけ具体的なイメージをCG制作会社さんに伝えられるかというところが一番大事なところかなと思いました。まさにVコンがあったからこそ、CGを作り込むことができました。

徳平 車がただ走るなら背景が流れれば良いのですが、空高く飛び上がるとか、止まっているところからUターンするとなると、CGの中でキーフレームを打ってアニメーションを作るということで、それも本番前に完成しなければなりません。

助田 本番でCG修正するとなるとかなり時間がかかってしまうので、事前に作り込むのがバーチャルプロダクションにおいては重要です。

徳平 そのためには映像の形での完成予想図を早い段階から持つことがとても大切になります。海外でプリビズの流れがありますけど、そういうものに近いと思うんです。そしてそれには明確にビジョンがないといけない。つまり先に決めなければなりません。それは現場で生まれるアクシデントだったり、オーガニックな何かが失われるかのようなドライな響きを持ちます。

しかし結果的に今回そのやり方でオーガニックなものが失われるかといったら、そんなことはまったくなかった。結局いつかは1テイクに決めてひとつの編集になるんです。そこは作り手がちゃんと考えて決めれば、あとは芝居だったり、現場でのハプニングだったり、変動する要素はたくさん起きます。

 

 

ロケでは実現できない撮影

阿部 車のロケ撮影というと1カット終わるともう一度スタート位置に戻らなければならないのですが、この手法では一瞬で撮影を終えることができます。トンネルに入ってそこから出て敵を撃つというシーンは1日で撮っているのですが、もしロケで撮ったらとんでもなく時間がかかるんですよ。

さらに実際のロケだと陽の関係で1日30分くらいしかタイミングはない。走行のタイミング、天候、カメラワーク、車の中の感情のやりとりや、普通のロケでやると不確定な要素が多すぎて、タイミングを合わせるのは至難の技ですが、走行(背景)とカメラワークを完全に合わせることができます。そこが安定することで芝居のほうでテイクを重ねることができます。

徳平 車を絡めた撮影における心配事をひとつ減らすことができました。このシステムの場合はカメラと背景は連動しているわけですから、変数がひとつなくなります。空間を成立させることにもっと時間を使うと思っていたのですが、それは少なくて、表現を追求することに時間を使えたのは予想外でした。

石川 リアリティをこの空間で実現するという手法なので、カメラと照明というのがすごく重要になります。手法も変わってきますし、ライティングの考え方も変えていかないといけません。スタッフたちは最初そこに苦労していましたね。

徳平 こういう座組みの話ですとデジタル部分だけ重要に思えてしまうのですが、実際はカメラワーク、照明、美術と、今までの撮影同様、リアルのところがすごく大事ですね。この手法を使ったらなにか失われるものがあるのかと想像していましたが、実はそんなに失われるものはありませんでした。なぜなら照明も仕掛けもお札を飛ばす人も役者も全員重要ですから。

石川 この撮影現場は全員が主役ですね。カメラが回っている手前のところでは、Unreal Engineチームも控えているし、オフラインエディターが繋ぎをチェックしているし、オンラインエディターもバックヤードにいます。全員で一緒にブロックを積み上げていっている感じで、非常に面白い現場でした。

バーチャルプロダクションとはいえ、撮影が始まるとキャストと車の周りは通常の撮影と同じ。照明が当てられ、ガンマイクが差し込まれ、送風機で風が送られ、スタッフが車体を揺らしている。カットの合間にはディレクターがキャストに対して、演出の指示を行う。

車を2台使ったカーチェイスは実際に2台が前後に置かれている。風に舞うお札もリアルなもので、送風機で舞っている。LEDディスプレイは背景のものがカーブドタイプ。天井にはフラットのものが吊られている。さらに今回「清澄白河BASE」で初めて使ったのが、車への映り込みを表現するためのLEDパネル(右側に置かれているもの)で、こちらは可搬式になっている。

 

 

LEDの外側の部分をどうする?

徳平 この手法のひとつの鬼門が床部分でした。そこを映せるとさらにリアルになりますし、LEDスクリーンの外側の部分もどうしても補完したいと思い、今回Unreal Engineを補完するテクノロジーを使いました。

助田 Unreal EngineとSMODEというxRシステムを組み合わせて導入しました。これによってLEDスクリーンの外側も構成することが可能になっています。今回の撮影では、リアルタイムで合成したものをそのまま完パケで使うということはしませんでしたが、ライブの場面やライブ配信で使えるような技術なので、SMODEを通して、リアルのカメラの画角と同じ角度のCGをリアルタイムにレンダリングできます。つまりLEDの外側をあとで合成できるようにリアルタイムにCG映像を書き出すということを行なっています。

徳平 残念ながら現場でそれを確認しながら撮影するということはできなかったのですが、もし現場でも見られるようになればベストだと思います。その先の未来を感じました。

 

人の感情を動かすための技術

石川 日本においてこういった撮影は屋外では難しいため、それを映像のなかで実現できたことは一番大きいかなと思っています。カーアクションもそうですし、動いている車に対してもアングルの自由度が広がります。海外の撮影クルーが日本の銀座でこういうカーチェイスを撮りたいという脚本があった場合、ロケでは撮影することが難しいのでこういう選択肢ができたことは良いことだと思います。一方で日本の撮影クルーが海外のシーンを撮るというケースにしても、背景のアセットのライブラリーは揃っているため、対応が可能になります。

徳平 今回の映像は日本の業界だけでなく、世界の人たちにも見せたいと思っていましたので、世界に出して恥ずかしくないものを作りたいという想いがありました。海外ブランドの海外でのロケの映像はカッコいいのですが、日本でもできるということをどうしても示したかったんです。それは技術的な部分だけでなく、セリフなしでも心を動かせるエンタメ映像を作れるということです。

実はそのことを企画コンテの一番最初に書きました。技術の素晴らしさを伝えるのはもちろんですが、そもそもなぜ映像を作るのかと考えた時、それは誰かの心を動かしたいからです。今回のこのプロジェクトの狙いは、この技術は人の心を動かすことができる技術だよということを映像作品として示したかったのです。

 

スタジオの中でのカメラワークとライティング

カメラはソニー「VENICE2」(6K)。6Kフルフレームで撮影。途中で車が空を飛ぶシーンがあるが、そこは4K/60fpsのハイスピード。実はハイスピードで撮ったことも今回の大きな挑戦だった。カメラ側だけでなく、背景のCGも4Kの60fpsで表示しなければならない。通常の24fpsや30fpsを出すのですら苦労するのに60fpsをどうやって実現するか。できるだけアセットを軽くして、無駄なものを省いてなんとか60fps表示できるようにしたという。




人物の寄りからカメラが引いてくるとバーチャルスタジオの全貌が見える印象的なラスト

 

 

VIDEO SALON 2023年7月号より転載